病人の真似をすることを教えやがったんだ。あの偽映鏡め!」
 吉本はそれだけを、叫ぶようにして言って、俯《うつむ》いてしまった。
「吉本さん! あなたはわたしを悲しませようと思って、永峯を殺したんですの?」
「あなたはぼくを愛しているんですか? 憎んでいるんですか?」
「わたし、お気の毒に思っているだけですわ。憎んでいて見舞いに上がるわけはありませんもの」
 彼女はそんな風に言いながら、持ってきた菓子などを風呂敷包《ふろしきづつ》みの中から取り出した。
「ぼくがあの偽映鏡に、病人になることを教えられたばかりじゃないんだね。あの偽映鏡め、いろいろなことを知っていやがる。雅子さんは世の中を偽映鏡に譬えて考えたことはないんですか? 一度考えてごらんなさい。面白いから。……ぼくを病人だなんて……だれが……」
 吉本は長く伸びた髭の中で冷ややかに、寂しそうにして微笑んだ。



底本:「恐怖城 他5編」春陽文庫、春陽堂書店
   1995(平成7)年8月10日初版発行
入力:大野晋
校正:曽我部真弓
1999年5月24日公開
2005年12月24日修正
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