そんな風に言ったきりであった。
吉本はそこで、彼女の行方を捜しだしたのであった。永峯が自分を裏切ってどこかへ行ってしまった以上、雅子のうえに自分の愛情をどんなに進めようと差し支えはないのだと考えたから――。しかし、いよいよ彼女の住んでいる家を捜し当ててみると、そこに永峯の表札がかかっていたのであった。
吉本はそれを見届けておいただけで、彼らの平和と幸福とを掻き乱すようなことはしなかったが、鉄管工場のほうを追い出されてみると、やはり秋川と永峯のところよりほかには訪ねていくところもなかった。
5
青い芝の丘に張り出されているバルコニーの上で、藤棚《ふじだな》の緑を頬《ほお》に染ませながら雅子は毛糸の編物をしていた。
「雅子さん!」
吉本は庭から声をかけた。彼女はひどく驚いて、怪訝そうに彼のほうを見た。
「ぼくです。吉本です」
「あらっ! 吉本さん。よくおいでくださいましたわ」
しかし、彼女は微笑みながら赧くなった。
「ずいぶんあちこちを捜して、ようやく分かったんですよ。だいいち、転居通知をくれないなんてひどいやあ」
「ほんとに……ご免なさい。どなたにもあげなかっ
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