くは出さんね。ぼくは前田鉄工場の職工たちにはどんなことをしても出さんね」
「職工に出してくれというのじゃありません。わたしに出してください。わたしはあなたの、もっとも大きな過失を知っている人間です。そのわたしが職工たちに少しは人間らしい生活をさせてやりたいからってこうして頼むんですから、出せないわけはないでしょう? しかも、それはあなたの過失によって、あなたが職工たちから搾取したものじゃありませんか? それを、そのほんの一小部分を職工たちに返してやれないわけはないじゃありませんか?」
「きみは自分の罪を、ぼくになすりつけようとしているんじゃないのかね?」
 賢三郎の声は少し顫《ふる》えていた。
「わたしはそんな卑怯《ひきょう》な男じゃないです。わたしは自分の行為には生命を投げ出して責任を持っています」
「きみは少し不良になったようだね? きみはぼくの言葉を、あんなに信じてくれていたのだが……」
「しかし、あなたは誤っていたじゃありませんか? いまはわたしのほうが正しいのです。わたしは当然、職工たちの代表者としてそれだけの要求をしていいはずです」
「きみが正しい? きみが卑怯な男でない? それでぼくのほうが誤っているのかね? きみはまさか、自分の罪をぼくになすりつけるつもりじゃあるまいね?」
「わたしはそんな人間じゃありません。しかしあのことなら、それはあなたが殺したのですよ」
「ぼくが?」
「そうです。それはわたしはあの手拭いを引っ張ったですけれども、わたしは手拭いを引っ張った手に過ぎなかったのです。引っ張るべきだという意志は、あなたがわたしに強いた意志じゃないですか?」
「きみ! そんなことを大きい声で言っちゃ困る。ぼくはそんなつもりじゃなかったんだ」
「しかし、それは事実です。あなたはテロリズムの話を持ち出したとき、わたしになんと言って教えたか、それを思い出してください。わたしはそれを実行したまでじゃありませんか?」
「きみ? しかし……しかし……」
 賢三郎の声はひどく顫えた。
「大丈夫です。あなたがその話を持ち出してわたしを罪人のように言うから、わたしはそう言っただけです。だれにも公言なんかしやしません」
「……でも、きみはぼくの過失だと言うからだよ。ぼくの過失から……」
「わたしの過失と言うのは、だれが殺したか? その責任を言っているのじゃないです。あなた
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