ら、彼等は、炎天の道路に投げ出された蛙の子のようになって了わねばなるまい。
其日の午後、モセ嬶は、五六日使わずに置いたので、少し赤い錆の噴き出た坏を担いで、山芋のありそうな籔を、次から次と覗いて歩いた。しかし、夕方まで籔をかきまわしたが、医者の家に持って行けそうな山芋は、一本も掘れなかった。
モセ嬶は、がっかりして、泥のついた手で水洟《みずばな》をこすりながら、鼻の下を黒くして、「なじょにして爺様を喫驚《びっくり》させべ?」と考えながら、短い青草の生えている細い山路を上って行った。すると、路傍に、大きな黒い蛇が横になっていた。モセ嬶は、喫驚して、杖にして居た坏を握り直して、蛇を追いたてた。
黒い蛇は、どんなに追っても逃げない。彼女は坏を前に突出して、おそるおそる近寄って見た。するとそれは、水分を含んで、黒土に染った太い手綱の切端であった。彼女はちょっと恵まれたような気がした。
「神様の、おなさけだべちゃあ! あきよ嬶様が、喫驚しさせっと、瘧は癒るとて教《お》せだっけ。この手綱の切端で喫驚しさせで……」と呟いて、モセ嬶は、その黒く汚れた手綱の切端を引摺って、細い山路を、短い青草を踏みつけながら帰って来た。
福治爺は、豚小屋のような、小さくって穢い家の中で、炉端に犬の皮を敷いて、垢に汚れたどてらを著込んで、梟《ふくろう》が身顫いした時のように、丸くなって、焚火に腹を焙《あぶ》って居た。
「なんぼか、掘って来たか?」と彼は、胸のところをはだけて、焚火の上に突出しながら言った。
「ろくな芋|無《ね》えがった……」
モセ嬶は、坏と芋を竈のところに置いて、福治爺の傍へ寄って行った。
「ほだども。仲仲掘れるもんでねえ、慣れねえうぢ……」
「それ代り、蛇とって来た。それ蛇!」と彼女は、彼の首へ、蛇のような形と色と、ひやりっとした肌触りの、汚れた縄切れを捲きつけた。
「なんだと?」と福冶爺は、狼狽《あわ》てて首に手をやったが、それきり気を失って、焚火の中に倒れた。
彼女は、うまく喫驚させたと思って、暫くは、ほったらかして見ていた。しかし、彼女の計企は当がはずれた。彼は、胸と顔面と、両手とを、ひどく焼傷《やけど》したきりであった。
福治爺の間歇熱は、もとのままで、癒りはしなかった。
福治爺は、間歇熱が引いてからも、焼傷のために、暫くの間、山芋を掘りに出掛けて行くことが出来なかった。
――一九二五・六・九――[#地より1字上がり]
底本:「日本プロレタリア文学集・11 「文芸戦線」作家集(二)」新日本出版社
1985(昭和60)年12月25日初版
1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「都会地図の膨張」世界の動き社
初出:「文芸戦線」1926年3月号
入力:林 幸雄
校正:浅原庸子
2002年3月12日公開
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