を憎んではいないというのか?」
「憎んではいます。それはとても憎んでいます。しかし考えてみると、妊娠したのはわたしの勝手も少しはあるのですから仕方がありません。そして、わたしが子供を殺したのとその方は別に関係のないことです」
「では、どうだから殺したのかね?」
「それは、だれも悪くないと思います。いまの社会がそうできているからだと思いますわ。父が失職しなかったら……父が失職しなかったら……」
鶴代はそう言って、また泣きだした。そして、彼女は咽《むせ》びながら、父の吾平がいかにして失職したかを話した。
「……ですからわたし、今度こそは自分のために自分の身体を売らなければいけなくなったのですわ。それには、子供がいては働けませんし、子供は生きていたってかえって惨めですから……」
「つまり、子供を殺したのはだれのためでもなくって、おまえの父親をそういう風に失職させた社会が悪いというんだね?」
「でも、いまの社会はそういう社会なんでしょうから……だれが悪いのか、わたしには分かりませんわ。わたしを、生きていくのに苦労のないように、監獄へ入れて……監獄へ入れて……」
鶴代はそう叫ぶように言いながら、そこの地面へくずおれてまたひどく泣きだした。
底本:「恐怖城 他5編」春陽文庫、春陽堂書店
1995(平成7)年8月5日初版発行
入力:大野晋
校正:鈴木伸吾
1999年6月6日公開
1999年8月30日修正
青空文庫作成ファイル:
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