り浪を破つて、本艦に向ひ快走し來たる者あり、艦員皆怪み衆眸之に注く。須臾にして本艦に達し、其乘員の舷門に上り來たるを見れは、何そ圖らむ、※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、3−10]る數日、我か艦員の接待に、懇篤周旋の勞を取りし、妙齡の貴夫人令孃にして、總員八名一人の男子を混へす、我か明日の解纜を新紙に知り、來りて惜別の意を表せむか爲めならむとは。其風姿の美にして擧止の健なる、梅花積雪を凌くの慨あり。其公誼に厚く友愛に深き、以て四海兄弟の情を表するに足る。此の如くにして始めて大國民の母たり配たるに耻ちすと謂ふへし。
之に反して、昨初夏、我か海軍に於て主計官を學士に募るの擧あり。某法學博士、之か斡旋の勞をとりて、漸く五人の志願者を得たり、然るに怪むへし、數日ならすして此五人の者、悉く其志願を撤回せむとは。而して密かに其状を探聞すれは、皆是家母の不承諾に因ると、葢し其主因の、舊時の謬想たる海洋是地獄なる觀念の發現にあるや知るへし。
我か海國民たる者、此二譚を讀て、如何の觀をなすや。堂々たる大學々士の家母にして、今日尚此嘆あり。其他推知すへきのみ。是余の實に寒心に堪へすと言ふ所以なり。
葢し教育の根底は學校にあり、學校の根底は家庭にあり、而して家庭の根底は家母にあり。嗚呼、將來の國民をして開國進取の民たらしめむか、將た退嬰鎖守の民たらしめむか、國家盛衰の大問題は、一に家母の方寸に决せむとす。我か邦教育の大※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、5−4]渡期に遭遇せる、敷島女子の責任や、重且大なりと謂ふへし。
余か海國民として、教育上今日懷抱する所の意見、此の如しと雖、教育の事は多端、獨り學校と家庭とを以て滿足す可らす。故に學校家庭の内外に論なく、亦其直接と間接とを問はす、苟も海事思想の扶植に資するの擧あれは、余は常に双手を擧けて之を賛成す、况や其殊に婦女を感化するに有効なるものゝ出るに於てをや。近時漸く歴史に小説に、海事を談する者あるを見るに至れるは、余の大に悦ふ所、今又知友上村海軍少佐の、本書を携へ來つて、著者押川春浪氏の爲に、序を余に徴するあり。取て之を閲するに、資料を一種の專門知識に假るの述作たるに關せす、趣向の深遠にして、行文の輕妙なる、虚中に實を寫し、實中に虚を叙して痕跡を見す、其筆力能く我か男兒を奮起せしむると仝時に、亦女子を感動せしむるに足る
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