きやわしや幌かけに殿がばいた切りや枝そぎに(ばいたは薪です。)
山で木を切る音なつかしや殿が炭たく山ぢやもの
北は大佐渡南は小佐渡中は國なか米どころ
[#ここで字下げ終わり]
海産物のほかには炭と米と竹と牛肉などを輸出します。牛飼ひはおけさには出て來ませんが、全島の山に放牧してあります。時時牛が山犬に食はれた噂をききます。犬が牛を食はうとするときには、牛の脊にまづ飛び上がります、そして尻尾に近いところに食ひつくのです。さうすると牛はこれを逐はうとしてぐるぐる回り出します。牛と言ふやつは妙な動物でして、一旦何か爲事を始めると途中で中止してほかの事をすることが出來ないで、だらしなく同じ事を爲續ける動物です。五六回ぐるぐるまはりをやるとあとは何十分でもぐるぐる囘り續けるのです。段段加速度になつて來る、それでも止めない。仕舞には眼が眩んで倒れる。それまで犬は背中で待つて居て、周圍で舌を出し腰を下ろして勇者の放れ業を見物してゐた友人達と一しよに盛宴を張るのです。
斯う言ふ野犬を驅り立てる段になると流石に人間の方が偉いやうです。大勢の村民が得物を持つて澤山の野犬を岩のごつごつした谿間に追ひ込む。犬は必死になつて人間に飛びかかる。けれども人間の手には得物がありますのでぢかに飛び付けない。頭の上を飛び越すのです。人間は低いところに居て犬の飛ぶに連れて犬に背を向けないやうにくるくる方向を轉換して居れば可いのですが、流石に人間は目をまはすやうな回り方をしませんので、卻つてしまひには犬の方が疲れて目が眩んで來るのです。勿論人間は一人も喰ひ付かれたものは無く、岩角で擦剥いたり茨で裂かれたりした傷位をお土産にして歸つて盛宴を張るわけです。
佐渡の牛は本來のものは黒牛ださうです。雜種はすべて南部牛と言つて居りますが、繁殖の方法も放牧中の自由に任して人工的方法を用ひないのですから、全島を通じて同じ樣な體格になつて居ります。第一に眼につくのは全體の小柄なこと、胸に垂れ下つた皮の無いこと、腹から腰へかけてことに引きしまつてゐること、足の早いこと。よほどの急な勾配を平氣で上下して居ります。
時には潮の引いた淺い海を渡つて岸近くの島に渡つて夕方になつて歸れなくなつて陸の方を眺めて鳴いてゐるのもあります。時には突き出した崖から谷底に滑り落ちて死ぬのもあります。持ち主に知らせるにしても斷崖は上れません
前へ
次へ
全8ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
江南 文三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング