#中]警戒[#上]。
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〔譯〕心|靜《しづか》にして、方《まさ》に能く白日を知る。眼明かにして、始めて青天を識り會《え》すと。此れ程伯氏《ていはくし》の句なり。青天白日は、常に我に在り。宜しく之を座右《ざいう》に掲《かゝ》げて、以て警戒《けいかい》と爲すべし。
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八七 靈光充[#レ]體時、細大事物、無[#二]遺落[#一]、無[#二]遲疑[#一]。
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〔譯〕靈光《れいくわう》體《たい》に充《み》つる時、細大《さいだい》の事物、遺落《ゐらく》無く、遲疑《ちぎ》無し。
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〔評〕死を決するは、薩《さつ》の長ずる所なり。公義を説くは、土の俗《ぞく》なり。維新《いしん》の初め、一公卿あり、南洲の所に往いて復古《ふくこ》の事を説く。南洲曰ふ、夫れ復古は易事《いじ》に非ず、且つ九重|阻絶《そぜつ》し、妄《みだり》に藩人を通ずるを得ず、必ずや縉紳《しんしん》死を致す有らば、則ち事或は成らんと。又|後藤象《ごとうしやう》次郎に往《ゆ》いて之を説く。象次郎曰ふ、復古は難《かた》きに非ず、然れども門地《もんち》を廢《はい》し、門閥《もんばつ》を罷《や》め、賢《けん》を擧《あ》ぐること方《はう》なきに非ざれば、則ち不可なりと。二人の本領自ら見《あら》はる。
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八八 人心之靈、如[#二]太陽[#一]然。但克伐怨欲、雲霧四塞、此靈烏在。故誠[#レ]意工夫、莫[#レ]先[#下]於掃[#二]雲霧[#一]仰[#中]白日[#上]。凡爲[#レ]學之要、自[#レ]此而起[#レ]基。故曰、誠者物之終始。
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〔譯〕人心の靈《れい》、太陽《たいやう》の如く然り。但だ克伐《こくばつ》怨欲《えんよく》、雲霧《うんむ》四塞《しそく》せば、此の靈《れい》烏《いづ》くに在る。故に意を誠《まこと》にする工夫は、雲霧《うんむ》を掃《はら》うて白日を仰《あふ》ぐより先きなるは莫《な》し。凡そ學を爲すの要《えう》は、此《これ》よりして基《もとゐ》を起《おこ》す。故に曰ふ、誠は物の終始《しゆうし》と。
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八九 胸次清快、則人事百艱亦不[#レ]阻。
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〔譯〕胸次《きようじ》清快《せいくわい》なれば、則ち人事百|艱《かん》亦|阻《そ》せず。
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九〇 人心之靈、主[#二]於氣[#一]。氣體之充也。凡爲[#レ]事、以[#レ]氣爲[#二]先導[#一]、則擧體無[#二]失措[#一]。技能工藝、亦皆如[#レ]此。
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〔譯〕人心の靈《れい》は、氣《き》を主《しゆ》とす。氣は體《たい》に之れ充《み》つるものなり。凡そ事を爲すに、氣を以て先導《せんだう》と爲さば、則ち擧體《きよたい》失措《しつそ》無し。技能《ぎのう》工藝《こうげい》も、亦皆|此《かく》の如し。
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九一 靈光無[#二]障碍[#一]、則氣乃流動不[#レ]餒、四體覺[#レ]輕。
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〔譯〕靈光《れいくわう》障碍《しやうげ》無くば、則ち氣《き》乃ち流動《りうどう》して餒《う》ゑず、四體《したい》輕《かる》きを覺《おぼ》えん。
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九二 英氣是天地精英之氣。聖人薀[#二]之於内[#一]、不[#三]肯露[#二]諸外[#一]。賢者則時時露[#レ]之。自餘豪傑之士、全然露[#レ]之。若[#下]夫絶無[#二]此氣[#一]者[#上]、爲[#二]鄙夫小人[#一]、碌碌不[#レ]足[#レ]算者爾。
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〔譯〕英氣は是れ天地|精英《せいえい》の氣なり。聖人は之を内に薀《をさ》めて、肯《あへ》て諸《これ》を外に露《あら》はさず。賢者は則ち時時之を露《あら》はす。自餘《じよ》豪傑の士は、全然之を露《あら》はす。夫《か》の絶《た》えて此《この》氣《き》なき者の若きは、鄙夫《ひふ》小人と爲す、碌碌《ろく/\》として算《かぞ》ふるに足らざるもののみ。
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九三 人須[#レ]著[#二]忙裏占[#レ]間、苦中存[#レ]樂工夫[#一]。
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〔譯〕人は須らく忙裏《ばうり》に間《かん》を占《し》め、苦中《くちゆう》に樂《らく》を存ずる工夫を著《つ》くべし。
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〔評〕南洲岩崎谷洞中に居る。砲丸雨の如く、洞口を出づる能はず。詩あり云ふ「百戰無[#レ]功半歳間、首邱幸得[#レ]返[#二]家山[#一]。笑儂向[#レ]死如[#二]仙客[#一]。盡日洞中棋響間」(編者曰、此詩、長州ノ人杉孫七郎ノ作ナリ、南洲翁ノ作ト稱スルハ誤ル)謂はゆる忙《ばう》中に間を占むる者なり。然れども亦以て其の戰志無きを知るべし。余句あり、云ふ「可[#レ]見南洲無[#二]戰志[#一]。砲丸雨裡間牽[#レ]犬」と、是れ實録《じつろく》なり。
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九四 凡區[#二]處人事[#一]、當[#下]先慮[#二]其結局處[#一]、而後下[#上レ]手。無[#レ]楫之舟勿[#レ]行、無[#レ]的之箭勿[#レ]發。
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〔譯〕凡そ人事を區處《くしよ》するには、當さに先づ其の結局《けつきよく》の處を慮《おもんぱ》かりて、後に手を下すべし。楫《かぢ》無きの舟は行《や》る勿《なか》れ、的《まと》無きの箭《や》は發《はな》つ勿れ。
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九五 朝而不[#レ]食、則晝而饑。少而不[#レ]學、則壯而惑。饑者猶可[#レ]忍、惑者不[#レ]可[#二]奈何[#一]。
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〔譯〕朝《あさ》にして食《くら》はずば、晝《ひる》にして饑《う》う。少《わか》うして學ばずば、壯にして惑《まど》ふ。饑うるは猶|忍《しの》ぶ可し、惑《まど》ふは奈何ともす可からず。
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九六 今日之貧賤不[#レ]能[#二]素行[#一]、乃他日之富貴、必驕泰。今日之富貴不[#レ]能[#二]素行[#一]、乃他日之患難、必狼狽。
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〔譯〕今日の貧賤《ひんせん》に素行《そかう》する能はずば、乃ち他日の富貴《ふうき》に、必ず驕泰《けうたい》ならん。今日の富貴《ふうき》に素行《そかう》する能はずんば、乃ち他日の患難《くわんなん》に、必ず狼狽《らうばい》せん。
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〔評〕南洲、顯職《けんしよく》に居り勳功《くんこう》を負《お》ふと雖、身極めて質素《しつそ》なり。朝廷|賜《たま》ふ所の賞典《しやうてん》二千石は、悉《こと/″\》く私學校の費《ひ》に充《あ》つ。貧困《ひんこん》なる者あれば、嚢《のう》を傾《かたぶ》けて之を賑《すく》ふ。其の自ら視ること※[#「陷のつくり+欠」、65−6]然《かんぜん》として、微賤《びせん》の時の如し。
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九七 雅事多是虚、勿[#下]謂[#二]之雅[#一]而耽[#上レ]之。俗事却是實、勿[#下]謂[#二]之俗[#一]而忽[#上レ]之。
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〔譯〕雅事《がじ》多くは是れ虚《きよ》なり、之を雅《が》と謂うて之に耽《ふけ》ること勿れ。俗事却て是れ實なり、之を俗と謂うて之を忽《ゆるがせ》にすること勿れ。
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九八 歴代帝王、除[#二]唐虞[#一]外、無[#二]眞禪讓[#一]。商周已下、秦漢至[#二]於今[#一]、凡二十二史、皆以[#レ]武開[#レ]國、以[#レ]文治[#レ]之。因知、武猶[#レ]質、文則其毛彩、虎豹犬羊之所[#二]以分[#一]也。今之文士、其可[#レ]忘[#二]武事[#一]乎。
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〔譯〕歴代《れきだい》の帝王、唐虞《たうぐ》を除《のぞ》く外、眞の禪讓《ぜんじやう》なし。商周《しやうしう》已下《いか》秦漢《しんかん》より今に至るまで、凡そ二十二史、皆武を以て國を開き、文を以て之を治む。因つて知る、武は猶|質《しつ》のごとく、文は則ち其の毛彩《まうさい》にして、虎豹《こへう》犬羊の分るゝ所以なるを。今の文士、其れ武事を忘る可けんや。
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九九 遠方試[#レ]歩者、往往舍[#二]正路[#一]、※[#「走にょう+多」、66−3][#二]捷徑[#一]、或繆入[#二]林※[#「くさかんむり/奔」、66−3][#一]、可[#レ]嗤也。人事多類[#レ]此。特記[#レ]之。
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〔譯〕遠方《えんぱう》に歩を試《こゝろ》むる者、往往にして正路《せいろ》を舍《すて》て、捷徑《せうけい》に※[#「走にょう+多」、66−5]《はし》り、或は繆《あやま》つて林※[#「くさかんむり/奔」、66−5]《りんまう》に入る、嗤《わら》ふ可きなり。人事多く此に類《るゐ》す。特《とく》に之を記《しる》す。
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一〇〇 智仁勇、人皆謂[#二]大徳難[#一レ]企。然凡爲[#二]邑宰[#一]者、固爲[#二]親民之職[#一]。其察[#二]奸慝[#一]、矜[#二]孤寡[#一]、折[#二]強梗[#一]、即是三徳實事。宜[#下]能就[#二]實迹[#一]以試[#レ]之可[#上]也。
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〔譯〕智仁勇は、人皆|大徳《たいとく》企《くはだ》て難しと謂ふ。然れども凡そ邑宰《いふさい》たる者は、固と親民《しんみん》の職《しよく》たり。其の奸慝《かんとく》を察し、孤寡《こくわ》を矜《あはれ》み、強梗《きやうかう》を折《くじ》くは、即ち是れ三徳の實事なり。宜しく能く實迹に就いて以て之を試《こゝろ》みて可なるべし。
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一〇一 身有[#二]老少[#一]、而心無[#二]老少[#一]。氣有[#二]老少[#一]、而理無[#二]老少[#一]。須[#丙]能執[#下]無[#二]老少[#一]之心[#上]、以體[#乙]無[#二]老少[#一]之理[#甲]。
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〔譯〕身に老少《らうせう》有りて、心に老少無し。氣に老少有りて、理に老少無し。須らく能く老少無きの心を執《と》つて、以て老少無きの理を體《たい》すべし。
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〔評〕幕府《ばくふ》南洲に禍《わざはひ》せんと欲す。藩侯《はんこう》之を患《うれ》へ、南洲を大島《おほしま》に竄《ざん》す。南洲|貶竄《へんざん》せらるゝこと前後數年なり、而て身益|壯《さかん》に、氣益|旺《さかん》に、讀書是より大に進むと云ふ。
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底本:「西郷南洲遺訓」岩波文庫、岩波書店
   1939(昭和14)年2月2日第1刷発行
   1985(昭和60)年2月20日第26刷発行
底本の親本:「南洲手抄言志録」博聞社
   1888(明治21)年5月1
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