ふ。政を爲すの着眼《ちやくがん》は情の一字に在り。情に循《したが》うて以て情を治む、之を王道と謂ふ。王道と聖學と二に非ず。
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〔評〕兵を治《ち》して對抗《たいかう》し、互に勝敗《しようはい》あり。兵士或は負傷《ふしやう》者の状《じやう》を爲す、醫《い》故に之を診察《しんさつ》す。兵士初め負傷者とならんことを惡む。一日、聖上《せいじやう》親臨《しんりん》して負傷者を撫《ぶ》し、恩言《おんげん》を賜《たま》ふ、此より兵士負傷者とならんことを願ふ。是に由つて之を觀れば、兵を馭《ぎよ》するも亦情に外ならざるなり。
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四二 發[#レ]憤忘[#レ]食、志氣如[#レ]是。樂以忘[#レ]憂、心體如[#レ]是。不[#レ]知[#二]老之將[#一レ]至、知[#レ]命樂[#レ]天如[#レ]是。聖人與[#レ]人不[#レ]同、又與[#レ]人不[#レ]異。
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〔譯〕憤《いきどほり》を發して食を忘《わす》る、志氣《しき》是《かく》の如し。樂《たのし》んで以て憂《うれひ》を忘る、心體《しんたい》是の如し。老《らう》の將に至らんとするを知らず、命《めい》を知り天を樂しむもの是《かく》の如し。聖人は人と同じからず、又人と異《こと》ならず。
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四三 講[#二]説聖賢[#一]、而不[#レ]能[#レ]躬[#レ]之、謂[#二]之口頭聖賢[#一]、吾聞[#レ]之一※[#「りっしんべん+易」、第3水準1−84−53]然。論[#二]辯道學[#一]、而不[#レ]能[#レ]體[#レ]之、謂[#二]之紙上道學[#一]、吾聞[#レ]之再※[#「りっしんべん+易」、第3水準1−84−53]然。
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〔譯〕聖賢を講説《かうせつ》して之を躬《み》にする能はず、之を口頭《こうとう》聖賢と謂ふ、吾れ之を聞いて一たび※[#「りっしんべん+易」、第3水準1−84−53]然《てきぜん》たり。道學を論辯《ろんべん》して之を體《たい》する能はず、之を紙上道學と謂ふ、吾れ之を聞いて再び※[#「りっしんべん+易」、第3水準1−84−53]然《てきぜん》たり。
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四四 學、稽[#二]之古訓[#一]、問、質[#二]之師友[#一]、人皆知[#レ]之。學必學[#二]之躬[#一]、問必問[#二]諸心[#一]、其有[#二]幾人[#一]耶。
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〔譯〕學《がく》之を古訓《こくん》に稽《かんが》へ、問《もん》之を師友に質《たゞ》すは、人皆之を知る。學必ず之を躬に學び、問必ず諸を心に問ふは、其れ幾人有らんか。
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四五 以[#レ]天而得者固。以[#レ]人而得者脆。
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〔譯〕天を以て得たるものは固《かた》し。人を以て得たるものは脆《もろ》し。
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四六 君子自慊、小人自欺。君子自彊、小人自棄。上達下達、落[#二]在一自字[#一]。
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〔譯〕君子は自ら慊《こゝろよ》くし、小人は自ら欺《あざむ》く。君子は自ら彊《つと》め、小人は自ら棄《す》つ。上|達《たつ》と下|達《たつ》とは、一の自《じ》の字に落在《らくざい》す。
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四七 人皆知[#レ]問[#二]身之安否[#一]、而不[#レ]知[#レ]問[#二]心之安否[#一]。宜[#下]自問[#中]能不[#レ]欺[#二]闇室[#一]否、能不[#レ]愧[#二]衾影[#一]否、能得[#二]安穩快樂[#一]否[#上]。時時如[#レ]是、心便不[#レ]放。
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〔譯〕人は皆身の安否《あんぴ》を問《と》ふことを知つて、而かも心の安否を問ふことを知らず。宜しく自ら能く闇室《あんしつ》を欺《あざむ》かざるや否《いな》や、能く衾影《きんえい》に愧《は》ぢざるや否や、能く安穩《あんおん》快樂《くわいらく》を得るや否やと問ふべし。時時|是《かく》の如くば心|便《すなは》ち放《はな》たず。
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〔評〕某士南洲に面《めん》して仕官《しくわん》を求《もと》む。南洲曰ふ、汝|俸給《ほうきふ》幾許《いくばく》を求むるやと。某曰ふ、三十圓ばかりと。南洲乃ち三十圓を與へて曰ふ、汝に一月《ひとつき》の俸《ほう》金を與へん、汝は宜しく汝の心に向《むか》うて我が才力《さいりき》如何を問ふべしと。其人|復《ま》た來らず。
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四八 無[#レ]爲而有[#レ]爲之謂[#レ]誠。有[#レ]爲而無[#レ]爲之謂[#レ]敬。
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〔譯〕爲す無くして爲す有る之を誠《まこと》と謂ふ。爲す有つて爲す無し之を敬《けい》と謂ふ。
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四九 寛懷不[#レ]忤[#二]俗情[#一]、和也。立脚不[#レ]墜[#二]俗情[#一]、介也。
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〔譯〕寛懷《かんくわい》俗情《ぞくじやう》に忤《さか》はざるは、和《わ》なり。立脚《りつきやく》俗情に墜《お》ちざるは、介《かい》なり。
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五〇 惻隱之心偏、民或有[#二]溺[#レ]愛殞[#レ]身者[#一]。羞惡之心偏、民或有[#下]自[#二]經溝涜[#一]者[#上]。辭讓之心偏、民或有[#二]奔亡風狂者[#一]。是非之心偏、民或有[#二]兄弟鬩[#レ]牆父子相訟者[#一]。凡情之偏、雖[#二]四端[#一]遂陷[#二]不善[#一]。故學以致[#二]中和[#一]、歸[#三]於無[#二]過不及[#一]、謂[#二]之復性之學[#一]。
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〔譯〕惻隱《そくいん》の心|偏《へん》すれば、民或は愛《あい》に溺《おぼ》れ身を殞《おと》す者有り。羞惡《しうを》の心偏すれば、民或は溝涜《かうとく》に自經《じけい》する者有り。辭讓《じじやう》の心偏すれば、民或は奔亡《ほんばう》風狂《ふうきやう》する者有り。是非の心偏すれば、民或は兄弟|牆《かき》に鬩《せめ》ぎ父子相|訟《うつた》ふ者有り。凡そ情の偏するや、四|端《たん》と雖遂に不善《ふぜん》に陷《おちい》る。故に學んで以て中和を致《いた》し、過不及《かふきふ》無きに歸《き》す、之を復性《ふくせい》の學と謂ふ。
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〔評〕江藤|新平《しんぺい》、前原|一誠《いつせい》等の如きは、皆|維新《いしん》の功臣として、勤王二なく、官は參議《さんぎ》に至り、位は人臣の榮《えい》を極《きは》む。然り而して前後皆亂を爲し誅に伏す、惜しいかな。豈四|端《たん》の偏《へん》ありしものか。
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五一 此學吾人一生負擔、當[#二]斃而後已[#一]。道固無[#レ]窮、堯舜之上善無[#レ]盡。孔子自[#レ]志[#レ]學、至[#二]七十[#一]、毎[#二]十年[#一]、自覺[#二]其有[#一レ]所[#レ]進、孜孜自彊、不[#レ]知[#二]老之將[#一レ]至。假使[#二]其踰[#レ]耄至[#一レ]期、則其神明不[#レ]測、想當[#レ]爲[#二]何如[#一]哉。凡學[#二]孔子[#一]者、宜[#下]以[#二]孔子之志[#一]爲[#上レ]志。
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〔譯〕此の學は吾人一生の負擔《ふたん》、當《まさ》に斃《たふ》れて後に已《や》むべし。道固より窮り無し。堯舜の上、善盡くること無し。孔子學に志してより七十に至るまで、十年毎に自ら其の進《すゝ》む所有るを覺《さと》り、孜孜《しゝ》として自ら彊《つと》めて、老《らう》の將に至らんとするを知らず。假《も》し其をして耄《ばう》を踰《こ》え期《き》に至らしめば、則ち其の神明|測《はか》られざること、想《おも》ふに當に何如たるべきぞや。凡そ孔子を學ぶ者は、宜しく孔子の志を以て志と爲すべし。
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五二 自彊不[#レ]息、天道也、君子所[#レ]以也。如[#下]虞舜孳孳爲[#レ]善、大禹思[#二]日孜孜[#一]、成湯苟日新、文王不[#二]遑暇[#一]、周公坐以待[#レ]旦、孔子發[#レ]憤忘[#上レ]食、皆是也。彼徒事[#二]靜養瞑坐[#一]而已、則與[#二]此學脈[#一]背馳。
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〔譯〕自ら彊《つと》めて息《や》まざるは天道なり、君子の以《もち》ゐる所なり。虞舜《ぐしゆん》の孳孳《じじ》として善を爲し、大|禹《う》の日に孜孜せんことを思ひ、成湯《せいたう》の苟《まこと》に日に新にせる、文王の遑《いとま》あき暇《いとま》あらざる、周《しう》公の坐《ざ》して以て旦《たん》を待《ま》つ、孔子の憤《いきどほ》りを發して食を忘るゝ如きは、皆是なり。彼の徒《いたづら》に靜養《せいやう》瞑坐《めいざ》を事とすのみならば、則ち此の學脈《がくみやく》と背馳《はいち》す。
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五三 自彊不[#レ]息時候、心地光光明明、有[#二]何妄念游思[#一]、有[#二]何嬰累※[#「罘」の「不」に代えて「圭」、第4水準2−84−77]想[#一]。
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〔譯〕自ら彊《つと》めて息《や》まざる時候《じこう》は、心地《しんち》光光明明《くわう/\めい/\》にして、何の妄念《ばうねん》游思《ゆうし》有らん、何の嬰累《えいるゐ》※[#「罘」の「不」に代えて「圭」、第4水準2−84−77]想《けさう》有らん。
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〔評〕三條公の筑前に在る、或る人其の旅況《りよきやう》の無聊《むれう》を察《さつ》して美女を進む、公之を卻《しりぞ》く。某氏|宴《えん》を開《ひら》いて女|樂《がく》を設《まう》く、公|怫《ふつ》然として去れり。
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五四 提[#二]一燈[#一]、行[#二]暗夜[#一]。勿[#レ]憂[#二]暗夜[#一]、只頼[#二]一燈[#一]。
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〔譯〕一|燈《とう》を提《ひつさ》げて、暗夜《あんや》を行く。暗夜を憂《うれ》ふる勿れ、只だ一|燈《とう》を頼《たの》め。
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〔評〕伏水《ふしみ》戰を開き、砲聲《はうせい》大内《おほうち》に聞え、愈|激《はげ》しく愈|近《ちか》づく。岩倉公南洲に問うて曰ふ、勝敗《しようはい》何如と。南洲答へて曰ふ、西郷隆盛在り、憂ふる勿れと。
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五五 倫理物理、同一理也。我學[#二]倫理之學[#一]、宜[#三]近取[#二]諸身[#一]、即是物理。
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〔譯〕倫理《りんり》と物理とは同一理なり。我れ倫理の學を學ぶ、宜しく近く諸《これ》を身に取るべし、即ち是れ物理なり。
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五六 濁水亦水也。一澄則爲[#二]清水[#一]。客氣亦氣也。一轉則爲[#二]正氣[#一]。逐[#レ]客工夫、只是克[#レ]己、只是復[
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