更に無し。
四 萬民の上に位する者、己れを愼み、品行を正くし、驕奢を戒め、節儉を勉め、職事に勤勞して人民の標準となり、下民其の勤勞を氣の毒に思ふ樣ならでは、政令は行はれ難し。然るに草創《さうさう》の始に立ちながら、家屋を飾り、衣服を文《かざ》り、美妾を抱へ、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられ間敷也。今と成りては、戊辰の義戰も偏へに私を營みたる姿に成り行き、天下に對し戰死者に對して面目無きぞとて、頻りに涙を催されける。
五 或る時「幾[#(ビカ)]歴[#(テ)][#二]辛酸[#(ヲ)][#一]志始[#(テ)]堅[#(シ)]。丈夫玉碎愧[#(ヅ)][#二]甎全[#(ヲ)][#一]。一家[#(ノ)]遺事人知[#(ルヤ)]否[#(ヤ)]。不[#下]爲[#(メニ)][#二]兒孫[#(ノ)][#一]買[#(ハ)][#中]美田[#(ヲ)][#上]。」との七絶を示されて、若し此の言に違ひなば、西郷は言行反したるとて見限られよと申されける。
六 人材を採用するに、君子小人の辨酷《べんこく》に過ぐる時は却て害を引起すもの也。其故は、開闢以來世上一般十に七八は小人なれば、能く小人の情を察し、其長所を取り之を小職に用ひ、其材藝を盡さしむる也。東湖先生申されしは「小人程才藝有りて用便なれば、用ひざればならぬもの也。去りとて長官に居《す》ゑ重職を授くれば、必ず邦家を覆すものゆゑ、決して上には立てられぬものぞ」と也。
七 事大小と無く、正道を蹈み至誠を推し、一事の詐謀《さぼう》を用ふ可からず。人多くは事の指支《さしつか》ゆる時に臨み、作略《さりやく》を用て一旦其の指支を通せば、跡は時宜《じぎ》次第工夫の出來る樣に思へ共、作略の煩ひ屹度生じ、事必ず敗るゝものぞ。正道を以て之を行へば、目前には迂遠なる樣なれ共、先きに行けば成功は早きもの也。
八 廣く各國の制度を採り開明に進まんとならば、先づ我國の本體を居《す》ゑ風教を張り、然して後|徐《しづ》かに彼の長所を斟酌するものぞ。否らずして猥りに彼れに倣ひなば、國體は衰頽し、風教は萎靡《ゐび》して匡救す可からず、終に彼の制を受くるに至らんとす。
九 忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、萬世に亙り宇宙に彌り易《か》ふ可からざるの要道也。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し。
一〇 人智を開發するとは、愛國忠孝の心を開くなり。國に盡し家に勤むるの道
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