ぜぬが併し宇宙の本體は意思であると認めたのであるから是亦矢張大心靈であつて畢竟する所は人格神と同樣矢張不可思議的神秘的超自然的超越的のものになる、一層罵詈的に云へば即ちお化《バケ》となるのである。
評者又曰井上博士の靜的實在なるものは決して人間らしき神と歟佛と歟でないことは能く解つて居る、或は支那で天と歟上帝と歟いふの類又は佛の眞如實相といふ類である乎も知れぬ、併し兎に角左樣なる實在には必ず大意思大心靈があつて、それが宇宙を支配するといふことになるのである、而して此大意思大心靈の力で以て始めて宇宙に現象が起るといふことになるのである、是れが即ち井上博士の哲理であると考へられる、けれども右の如き大意思大心靈たる實在なるものが始めて宇宙に現象を起すとするならば、其力は非常に大なる動ではあるまい乎、非常に大なる動力があるからこそ始めて宇宙の現象を起し得るのではあるまい乎、兎に角大意思と云ひ大心靈と云ふ言辭の上に明かに大動力の意味を顯して居るではない乎と余は疑ふのである、果して然らば靜的なる意義は如何に解してよき乎、余は甚だ惑ふことである。
井上博士曰スペンサー氏は所謂「不可知」を説て宇宙の本體なるものは何である乎決して解らぬ、それは哲學の研究すべき領域でないといふやうに説て居るが是は甚だ謬つたことであるけれども併しヘッケル氏に至ては決してそれどころのことではない、靜的實在を全く輕蔑して居る、全く無いものとも言はぬけれども何の用をもなさぬものゝやうに論じて居る、それは左のヘッケル氏の文で解る、[#ここから横組み]〔Was als ”Ding an sich“ hinter der erkennbaren Erscheinungen steckt, das wissen wir auch heute noch nicht. Aber was geht uns dieses mystische ”Ding an sich“ u:berhaupt an, wenn wir keine Mittel zu seiner Erforschung besitzen, wenn wir nicht einmal klar wissen, ob es existiert oder nicht?〕[#ここで横組み終わり]ヘッケル氏の個樣なる議論といふものは全く實在を無視して居る、同氏は又宗教をも全く迷信として顧みないのであるが同氏を尊崇する加藤の如きも矢張同樣である、然るに宗教の古來今日迄存在して居るのは宇宙間には到底自然科學で解釋の出來ぬものがあるから、そこで宗教が必要になるのであつてスペンサー氏の如きも「不可知」を立てゝ宗教と科學とを調和することに努めたから多少道理が立つけれどもヘッケル氏に至ては左樣なことさへせぬのである云々。
評者曰、スペンサー氏は博士の論ぜられる如く宇宙の本體は何である乎、到底自然科學で解るものでないと認めて「不可知」を立てゝ宗教と科學との調和を圖つたのであるけれども此調和といふことに就ては余は甚だ服せぬのであるが併し、それは別問題であるから今は論ぜぬことゝして唯スペンサー氏が宇宙本體の如何は到底不可知であると斷言したことに就ては少しく論じたい、それに就て論ずると余が宇宙本體と認めるものを論ずるに大に便宜を得ることになるからである、スペンサー氏は形而上學者でも又唯心學者でもない、全く經驗學者であるから同氏の不可知論には固より大に取るべき所があるやうに感ぜられる、宇宙本體の性質にも又現象の性質にも今日迄人智で解釋の出來ぬことは夥多あるのであるが併し其中には到底不可解の事と今日未可解の事との別もあるであらう、けれども古代に於けるスピノーザ氏と今日に於けるヘッケル氏等とが宇宙本體と認定したるマテリーとエネルギーとの合一體(Einheit der Materie und Energie)が實に宇宙本體であるに相違ないとするだけのことは決して不都合のないことと余は考へるのである、余が何故左樣に言ふ乎と云へば右マテリーとエネルギーとは始終變化はあつても其物それ自身は全く恆久的(konstant)で絶て生滅のないものであるといふことは近世化學と物理學とで發見されたのである、即ち自然科學の經驗上確證を得たことで決して想像説でも假定説でもないのである、それが果して全く生滅のないものである以上は如何にしても、それを他造物であるとすることの出來ぬのは言ふ迄もないことと思ふ、それゆへ余は此マテリーとエネルギーとの合一體を以て宇宙の本體とすることに就て聊も疑はぬのである、但し此説を抱く學者中に二派があつて一はマテリーを主としてエネルギーを屬とし又一はエネルギーを主としてマテリーを屬とするのであつて甲は即ちホルバフ氏やビユフネル氏の唯物論であり乙は
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