来てくださる。みんな皇軍大勝利のおかげですよ」
 子供が大好きなお菓子を貰ったよりもまだ嬉しそうに、目の悪い若い前座は顔全体を雀躍《じゃくやく》させてはしゃいでいた。この人のこの時の顔を生涯私は忘れないだろう。拍手が起こって服部君が下りて来た。
 凩《こがらし》が、しきりに格子窓の外で吹き荒れていた。
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    この二、三日のこと

 安住さん。
 晦日の晩の富士市へおいでになったそうですね。昨夜、高篤三のところへいって、お朔日《ついたち》の市をぶらつきあなたのお見えになったことを聞いて、たいへん残念に思いました。昨夜は、秋に日本橋倶楽部で催すことになった女房の新舞踊発表会の相談にいったのでしたが、同じ富士市でも六月のお朔日の時とはちがって、もうすっかり夏になりつくした明るい景色が、さまざまな植木にも、虫売りたちにも、また釣荵《つりしのぶ》屋の上にもマザマザと感じられました。ことによるともう夏の終わりを思わせるような儚ささえただよっていて、とりわけ虫売りは三軒も四軒も出ていました。ただ去年あったような赤や白や黄や水色や茶や、五色のお砂糖の雛菓子のように飾り立てたお菓子屋は、さすがに今年は六月の時も今度も見当たりませんでした。だんだん売るものが世帯じみてきて、この市のあくまで夏の巷のお祭らしい風情がなくなってゆくとしきりに高は嘆じていました。
 ……今日は朝から薄曇りして蒸し暑い。その中で、書下ろし長篇小説『寄席』の校正を、今までしていました。おかげでもう二百二十頁できました。もうひと呼吸で峠を越します。この本の出版記念演芸会をやる計画が本屋さんに今あって、じつは昨夜は女房のばかりでなく、私の方のその相談にも出かけたのでした。
 話が二、三日前へ遡りますが、二月から三月へこの『寄席』を仕上げたあと、また中篇短篇とりまぜて一冊分仕上げ、続いて、先月からこれも書下ろしの長篇小説『圓朝』にかかって、百余枚ほど書いてきたところで、すっかり、頭をやってしまいました。たいてい月にいっぺん、書けなくなってしまう時はあるのですが、今度のはちとひどすぎて、この間の晩、高が訪ねて来てくれた時なんてとんと態はありませんでした。声をつかう商売の人たちには調子をやるといって時々パタンと声の出なくなってしまう時があるのですが、私の頭もそれらしい。で、潔く『圓朝』当分放棄することに
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