け惜みのようにいつもよりまたいっそう恐しい顔をしていった。
「……」
とたんにまたいよいよ深くスッポリと小圓太は掻巻で顔を隠した。あまりの事の嬉しさに、かえってきまりが悪いような気がしてきてますますまっとう[#「まっとう」に傍点]にみんなの顔なんか、見てはいられない心持だからだった。僅かにそのかぶってしまった薄汚れた掻巻が、そのとき合点々々するように縦に二つ動いた。とおもったら今度はその掻巻が小止みなしに小刻みに慄えはじめた。そのまんまいつ迄も止まらなかった。
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第二話 芸憂芸喜
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一
笹寺の笹や四谷の秋の風 綺堂――絶えずその笹寺の笹の葉摺れが寂しく聞こえてくる、寺続きの横丁に、圓太郎の師匠たる二代目三遊亭圓生は茶がかった風雅な門構えの一戸を構えていた。親父圓太郎に連れられて次郎吉の小圓太は、その句のような秋曇りした一日、はるばる下町からのて[#「のて」に傍点]まで上ってきて圓生のところへ弟子入りした。内弟子としていろはのいの字からやり直すためだった。
「ハイハイハイおいでなさい」
まだ圓太郎よりは若く五十には一、二年あるのに胡麻塩頭と前歯の一本抜けているのが年より老けさせて見えるのだろう、鼻の大きな、赤味を帯びた皺だらけの顔をした圓生はキチンと御年始の口上をいうように両手をついて、恭々しく小圓太にまで挨拶をした。
「……」
めんくらってペタッと鮃《ひらめ》のようにお辞儀をした小圓太はしばらくしてソッと頭を上げてみると、まだ師匠はお辞儀をしていた。あわてて小圓太はまたお辞儀をつけ足してしまった。
「そうかえもう十六におなりかえ、早いもんだねえ、ついこの間まで長い振袖を着てヨチヨチ高座へ上がっていった姿が目に見えるがねえ」
いかにも親しみ深げに圓太郎のほうへ省みたが、
「フム、フム……やっぱり高座が……フム忘れられない、いや結構です、おやりおやり、やるほうがいい」
肯きながらスポンといい音をさせて、凝った古代裂《こだいぎれ》の煙草入れの筒を抜き、意気な彫りのある銀|煙管《ギセル》を取り出した。いかにも芸人らしい物馴れた手付きで煙草を詰め、傍《かた》えの黒塗りの提げ煙草盆の火でしずかに喫《す》いつけると、フーッと二、三度、うすむらさきの輪を吹いた。
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