きたとて、昼間自分がこの座敷で小糸相手に夢見たような芝居小屋を買い切っての大見得なんか、とても五年や十年では、切れそうもなくなってしまった。
それどころじゃない、米が買えるか、醤油が買えるか、食ってゆけるか、ゆけないか、生きるか死ぬかの見極めさえ、てんで[#「てんで」に傍点]いまではめちゃめちゃになってしまっている。
駄目だ、もうあんな夢は――。
だが――。
と、しずかに、心で心へ訊き返されるほど圓朝は、今少し前とは別人のごとく、深沈としたものを身に付けてきていたのだった――。
だが――誰もが食べていかれないとしたときお前は一体どうしよう、何をもて生き抜いていこうというのだ。
……何もない、かもない。四方八方、よしや目路のかぎりが再びいつかの大地震のときのよう大焼野原になってしまったとて唯ひとつ私には、信ずる稼業があるばかりだ。
何か、それは?
噺――噺だ。
好きで、命を細らせてまで打ち込んでなったこの落語家という商売だ。だから自分は落語家以外の何者でもないし、同時にまたそれほどしんから真実賭けたるところの私にとっては尊いありがたい落語家稼業なのだ。
ああ背立ち割られ鉛の熱湯|注《そそ》がれようとまま[#「まま」に傍点]よ、いのちのかぎり根《こん》かぎり、扇一本舌三寸でこの私は天地万物あらゆる姿を写しいださいでおくものか。だからもしその落語家稼業が立ちゆかなくなるという末世末法の世の中がきたら、そのときこそ、潔く自分は火中の蓮華と散りゆこう。
……ようやくにして圓朝の心の声は、かくもまた飛躍的にさえなりまさってきた。しかも火と炎と燃えながら、ハッとそのとき自分で自分の言葉に打たれるものがあった。扇一本舌三寸という自分の言葉の地雷火を、いやというほど踏んづけてしまったのだった。
扇一本舌三寸――そう、そうだった、いつの間にやらこの自分は、万事万端あまりにも花やかに花やかにと心がけ過ぎた結果、扇一本舌三寸が絶対金科玉条の落語家世界から、いつか道具の鳴物のと横街道へとよほど外れてきてしまっていた。まさしく邪道とはこのことだろうし、まだその上に芝居小屋借りて、唐錦めく大風呂敷までひろげようとは。
(師匠圓生のあのころの悪口は別としても、柳枝さんの苦が苦がしくお思いなすったなんてことはある程度まで決して悪くいえないかもしれない)
この際だ、止そう、す
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