に傍点]は切る、客席へ掘り抜き井戸を仕掛けてその本水で立廻りはしやがる。
まるで切支丹伴天連じゃねえか)
いつもこういって罵っていた。
(それもいいや。
それもいいが、揚句に芝居の仙台様がお脳気《のうけ》を患いやしめえし、紫の鉢巻をダラリと垂らして、弟子の肩へ掴まって、しゃなりしゃなりと楽屋入りをしやがるたあ何てえチョボ一だ。
そんなにまでして人気が取りてえという了見方が情けねえじゃねえか。
しょせんが芸人の子は芸人だ。
親代々の芸人は根性からして卑しいや)
こうもまた罵っていた、圓朝の父圓太郎とて遠い昔はかりにも帯刀であったものを。
……こうした悪口は、もちろん、圓朝の耳へも響いてきた。
けれども何といっても相手は江戸一番の落語家、長いものには巻かれろとジッと歯を喰いしばっていたのであるが、今宵はしなくも惚れたお糸と花火見物の船の中で、その大敵の柳枝と水を隔てて真っ正面に対面してしまった、お糸は何知る由とてなかったが、早くから圓朝気づいていたのでまだ三十にはひとつ間のある血気な身の、しきりに最前から一戦挑みかけたい闘争意識が火のように全身に疼いてきてならないのだった、が、そうした事情をこれまた知る由もない船頭衆は押し合いへし合う背後の船を避けようため、かえって圓朝の屋根船を、問題の船のすぐ前方へと、グイとひと梶すすめてしまった。
「ねえ師匠。どっかのお天気野郎が御大層な首抜きの縮緬浴衣を見せびらかしにきていやすぜ」
聞こえよがしのお追従を、一番弟子の柳條がいった。
「……」
突嗟に圓朝はムカッとしたが、強いて聞こえないような振りをしていると、
「へっ、一帳羅の縮緬浴衣を着ちらして、水でもはねたらどうする気でしょう。縮緬という奴は水にあてて縮んだら、明日の晩から高座へ着て出るわけにはいきやせんからなあ」
今度はもうひとりの柳橘がいうなり、カッと舟べりへ、さも汚いものでも見たあとのように唾を吐いた。
ベッ、ベッ。何べんも何べんも吐きちらした。
そうして、いつ迄も止めなかった。
たちまち圓朝はカーッとなった。グ、グ、グ、グと身体中の血汐が煮えくり返るような気がしてきて、
「コ、こんな浴衣は二十が三十でも俺ンところにはお仕着同様転がってらあ、なあ、なあ、お糸」
いつになくこんな鉄火にいい放ったかとおもうとにわかに立ち上がって舟べりへ片足かけ
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