ど、何も圓太の噺を笑ったわけじゃない、萬朝がとんちんかん[#「とんちんかん」に傍点]なことをいいだしたからだった。でもこう畳みかけて責め立ててこられちゃ、いい説くすべ[#「すべ」に傍点]がなかった。ただ困って頭ばかり下げていた。
「おい、今こそいってやる」
 このときいっそう師匠は笠にかかってきて、
「お前が常日ごろ俺のことどんなこといって歩いているか、皆、俺こいつから聞いて知っちまった、おい圓朝どうだ、悪いことは出来ねえもんだろう。山と山とは出合わぬが人と人とは出会うもの、世の中の廻り合わせはいつどうなるか分らねえ。壁に耳あり徳利に口だぞ」
「…………」
 何をどう小勇の圓太がいったかしらないが、天地の神も照覧あれ、いつまあ私が師匠の悪口なんかこれっぱかしでもいったことだろう。
 ほんとうにこればっかりは浄瑠璃の鏡に照らされたって露いささかも身に後ろ暗いことはない。この何年か四谷の師匠のほうへは足も向けては寝ないくらいのこの自分じゃないか、それを、それを、圓太も圓太なら師匠も師匠だ、何ぼ何だってあまりなことを。思わず開き直っていおうとしたが、まあ待て師匠は酔っておいでなさる、口惜しき胸を撫でさすって圓朝は再び下向いてしまった。
「まあまあ、まあいい」
 あざ笑うように師匠はいって、
「蔭じゃ公方様の悪口だっていうんだ。しかしこの後もあることだ。あまり俺の前と後と、手の裏返したようなことだけはいってくれるなよ。おい圓朝おい、分ったか」
 一段と声を険しく高くしてきて、
「おい、分ったかったら」
「わ、分りました、あいすみません」
 低い低い声でいった。そうしてさらに頭を下げた。下げたその頭が慄えていた、あまりのことの口惜しさに。
「分ったら書け、今夜の詫状を。ええ、俺宛てにじゃねえ圓太宛てに、だ。それ圓太、そこの硯箱《あたりばこ》と紙と持ってきてやれ」
 さも快そうに師匠はいった。
 有無なくその場で圓朝は、先方のいう通りの文句で詫状を認めさせられた。どれほどそれを書く手のまた、憤《おそ》ろしく慄えて止まなかったことだろう。
「サ、書いたらそれでいい。お前の生《なま》っ白《ちろ》い面《つら》なんか見ていたくもねえんだ。帰れ帰れ早く」
 次のお銚子をニッコリ圓太に命じながら、その笑顔をすぐまた百眼《ひゃくまなこ》のよう、不機嫌千万なものに圓朝のほうへ戻して、
「オイ、
前へ 次へ
全134ページ中100ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング