から、だからこそお前さん三つ目に」
「いやそいつァいけねえ」
 烈しく首を振って、
「だから……とこっちのほうがいいたい、だからこそ何とかそこをひとつ真打に」
 いいながら圓生、高座で使いそうな大きな湯呑みへ、なみなみと冷酒を、ヌーッと杉大門の方へ差しつけてきた。
「ウム」
 受け取ってググググと息も吐かずに呑み干し、すぐまた圓生のほうへ返すと、ウーイとひとつげっぷ[#「ひとつげっぷ」に傍点]をしたが、
「じゃいおう、俺もいおう」
「ウム聞こう」
 微笑んで圓生、ひと膝乗りだした。
「聞いてくれ三遊亭。そりゃ巧え小圓太は。お前のいう通り、たしかに筋もいい、調子もいい、眼《がん》もきく、人間も決して馬鹿じゃない。どうしてなかなかの大したものだ」
「ならお前ひとつ」
 宝の山に入りながらというようないかにも惜しそうな顔を、圓生はしてみせたが、
「どっこい、それが」
「ウム」
 ニヤリ杉大門は上目して、
「せっかくだけれどね、まだどうも」
「ド、ドどうして、どうしてよ」
 躙《にじ》り寄るように、圓生はしてきた。
「似てるからよ」
 ややしばらくいおうかいうまいかためらっていた杉大門が、やがて思い定めたようにズケリといった。
「な、何」
「似てるからだよ」
 重ねていった。
「ダ、誰に」
「お前さんに、よ。いやさ三遊亭圓生師匠によ」
 ワザと芝居がかりにいって、
「師匠に似てちゃ、いや、弟子と師匠だ多少は似てるのもいいが、ああ似過ぎてちゃ芝居にならねえ、こちとらにしても全くの話が汁粉のあとにまた汁粉はいらねえ、せめてあべ川か餡ころくらいなら何とかお客様に我慢もして頂くが、お前さんと小圓太とじゃ似たりや似たり汁粉二杯。とすると何といっても、こっちとしちゃ年期のかかってるお前さんだけ、つまり美味《うめ》え汁粉のほうだけでたくさんだってこういう次第になってくる」
「…………」
 理の当然に一瞬、グッと鼻白んだようだったが、
「でも…………でもいや、いや俺はそうはおもわないな」
 不愉快そうに大きい鼻へ皺を寄せて、
「ねえ杉大門、おい俺はおもわない、おもいませんよ」
 あくまで横に車を押してきた。
「じゃどうおもうんだ、三遊亭は」
「師匠に似過ぎてても巧いものは巧い、汁粉が二杯つづいてもちゃんと立派に真打にしてやれるとおもうんだ」
 理屈にも何にもなっていないことをいい張って、

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