や金子《けんす》まで」などというのであるが、にっこい[#「にっこい」に傍点]とか、ごじいます[#「ごじいます」に傍点]とか、にやす[#「にやす」に傍点]とか、けんす[#「けんす」に傍点]とか、聞くだに鈍な感じが深い。圓朝門下には俊才も少なくなかったが、同時にぽん太とかコマルとかへん朝とか愚かを以て鳴る名物男も存在していた。あるいはこれらの誰かがモデルだったかもしれない。
 お国の策動はいよいよ烈しくて今度は自分の屋敷の若党源助をおだてて、孝助を陥《おと》し入れようとする。この源助の性格もまたよく描かれている。なぜならおだてられて源助、いろいろ孝助を打擲するくせに、何もかも承知している平左衛門がワザと後刻孝助を手討にするというと、「孝助お詫びを願え」、また少し経つと「お詫びを願わないか」しきりにこういって孝助をさとしているからである。なんと正直一途の性格であることが、ハッキリと分るだろう。この源助などは今後さして活躍もせず、いわば仕出し同様の存在なのであるが、それにもチャンとこうした性格を与えている。かつての私の話術の師たる、現三遊亭圓馬(三代目)は大師匠の手記を見ると、全く登場しない女中の年齢までかいてあるのに瞠目したと語っていたが、この源助の場合など考えるとき、たしかにそうしたこともあり得たろうとおもわないわけにはゆかない。
 かくて第二次のお国の計画も画餅《がへい》に帰したが、平左衛門大難の日は刻々と迫ってくる。しかもその前夜、平左衛門は、姦夫源次郎の姿に身をやつして、ワザと孝助の槍先にかかってしまうのである。はじめにいったとおりしょせんが自分は孝助の親を斬って棄てた仇の身の、我から討たれてやるつもりだったのである。主家のため憎い源次郎を討たむとして主人を手負いにしてしまった孝助の驚き、仇同士と聞き知っての愁嘆、まことに人生の一大悲劇であるが、こうしたところは残念ながら速記ではほんとうの「味」は分らない。てんで[#「てんで」に傍点]さし迫った演者の呼吸が感じられてこないからである。ただ孝助は今宵こそ源次郎を突き殺して自分も切腹してしまおうとおもっているから「泰平の御代とは申しながら、狼藉ものでも入る」といけないとて槍を研ぎはじめる。それを平左衛門は「憎い奴を突き殺す時は錆槍で突いたほうが、先の奴が痛いから」いい心持だと止め、それもそうだと孝助は止めてしまう。あに
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