、お客といえども知らされているから。こうした段取りもやはり憎いほど圓朝は心得たものだとおもう。
かく物語の発展していくうちも平左衛門と孝助のA、お露新三郎のBと、相変らず物語はAB、ABと隔晩に交互して運ばれていっているのであることもちろんで、今後はいちいち断らないからその積りで読んでいって頂きたい。すなわち一方、飯島の家においてはそうしたお国なればこそ、隣家次男坊宮部源次郎とわりなき仲となっていて、釣に事寄せ平左衛門を殺そうとさえ企てているため、私かに聞き知った孝助が躍起となって主の大難を未然に防ごうとしている。そうした最中に飯島の知人相川新五兵衛が訪ねてくる。新五兵衛は娘のおとくが孝助に恋患いしているので、飯島まで孝助を貰いにやってきたのであるが、この新五兵衛のいかにもそそっかしい好々爺ぶりも春のやの賞讃しているとおりじつによく描かれている。否、ことによると「牡丹燈籠」全篇を通じて相川老人が一番ありありと描けているかもしれない。「娘の病気もいろいろと心配も致しましたが、何分にも捗々《はかばか》しく参りませんで、それに就いて誠にどうも……アア熱い、お国さま先達《せんだっ》ては誠に御馳走様に相成りましてありがとう。まだお礼もろくろく申し上げませんで、へえ、アア熱い、誠に熱い、どうも熱い」といった風にである。一読、赤銅いろの禿げ頭した背の低い小肥りした憎気のない老武士が髣髴としてくるではないか。
萩原宅では、夜ごとお露お米がおとずれてくる。隣家の伴蔵が覗いてみれば「骨と皮ばかりの痩せた女で、髪は島田に結って鬢《びん》の毛が顔に下り、真っ青な顔で、裾がなくって腰から上ばかり」なのである。仰天して近隣の売卜《ばいぼく》の名人白翁堂勇齋のところへ駈け込むのだが、そのとき圓朝はこの勇齋をして「尤も支那の小説にそういう事があるけれども」といわしめている点も不敵なほど、「芸」の迫真の何たるかの奥秘を悟りつくしているものといわなければならない、お露の名が圓朝を贔屓にした北川町の玄米《くろごめ》問屋近江屋の嫁の実名であり、その家に起こった因縁噺が怪異のヒントとなっているとしても、萩原新三郎の名のほうは『牡丹燈記』の邦訳たる浅井了意が『伽婢子』の中の萩原新之丞が転身たること明らかである。見す見すそこに材を得ていながらハッキリ「支那の小説」云々とそれを匂わせることによってかえって、そ
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