ニとは言わなかったろうが――。
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    寄席と艶笑と

 下足番の曰く
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三亀松にクソとおもえど先生
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 という川柳が、坊野寿山君にある。
 柳家三亀松の「芸」への好悪は別として、冬夜、男のオーバーの中へしっかりと抱き寄せられた美しい色白長身の芸者の婀娜姿だけは、たしかに艶冶《えんや》な彼の「舌」から蘇ってくる。その三亀松の非発売レコードに、例の「新婚箱根の一夜」の閨房篇があると聞くが、ほんとうだろうか。が、かりにあるとしても、秘本とちがって音声を発するレコードのこと、めったなところではかけて聴かれまい。
 大阪落語に猫の小噺のシリーズがあって、自然にそれの第三席めが、エロティックな落ちになっている。まず第一席は砂浜にねている蛸の足を一本、ムシャムシャ猫が食べてしまったので、憤慨した蛸は今度は寝たふりをしていて相手が食べかけたとたんに海の中へ引き摺り込んでやれと待機していると、いっこうに猫、やってこず。曰く、その手は食わん。第二席は、その猫が一日、赤貝に手を挾まれて困り、カタコトと音立てて挾まれたままで梯子段を上っていくと、二階にいた耳の遠い婆さんが「誰や、下駄履いて二階へ上がるのは」。そして問題の第三席であるが、この猫、妾宅の飼い猫で赤貝の出来事の直後、湯上がりのお妾のふところに抱かれているうちつい滑り落ち、とたんに股間を見上げて、歯をむきだした猫め「フーッ!」。やや考え落ちめいた、いかにも気の利いた落ちだと思う。ところで話中、鳴り物を随所に駆使するのが特色の大阪落語は、小咄の落ちのあとへも、間髪をいれず華やかに囃子で捲し立てるのであるが、故立花家|花橘《かきつ》が、あるレコードへこの「猫」三題を吹き込んだ時には、股間を見上げて「フーッ!」のところでひとしきり噺し立てたあと、さらにあの悠容迫らざる調子で花橘《かきつ》、「ハテこの猫、なにを見ましたんやしらん」となぞって、またもういっぺん囃子を入れさせているのには、思わずふきだしてしまった。御丁寧にもエロを鳴り物入りで派手になぞったなんて落語家は、まず天下にこの立花家花橘だけだろう。
 いったいがエロティシズムと尾籠なギャグのいと多い大阪落語ではあるが、昭和初頭に没した菊石で面長だった長老桂枝雀も、一夕、なにかワイセツを言って、出演席ちかくの警察署へ曳か
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