べきものでしたろう。太十の夕顔棚のくだり「現れ出でたる」などは、あの蟹のようだった武智光秀の面相が、笹を押しわけて、そこへ湧き出したように大きく、すご[#「すご」に傍点]かったことをおぼえて居ります。
 三月の扇屋熊谷で、幸四郎の熊谷が編笠深々と出で立つのを見ると、さすがにこの舞台姿は、そのいなり[#「いなり」に傍点]のままで既に獲易からざる眼福なることを思います。とどこの熊谷は、姉輪に迫られて,堂々たる名乗りと共に、舞台正面を切って、その深編笠をとります。
 私は前にもこの扇屋熊谷をこの人で見たことがあります。
 久しぶりの今年の四の党の旗頭は、なんと、年経ったことでしょう。――幸四郎あたりは、云うまでもなく、その「舞台顔」の成り立った人でしたが、さりながら、老いた[#「老いた」に傍点]と思いました。その老いて全く別人のように変った「顔」を熊谷の次郎が編笠を取って見せた時に、カブキ世界の時代は、はっきり代った――代らざるを得ない――と私はひし[#「ひし」に傍点]と思いました。



底本:「日本の名随筆40 顔」作品社
   1986(昭和61)年2月25日第1刷発行
   1997(平成9)年5月20日第12刷発行
底本の親本:「木村荘八全集 第六巻」講談社
   1982(昭和57)年7月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年12月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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