三、お前と白須賀二タ川の、吉田やの、二階の隅ではつの御油、こちやお顔は赤坂藤川へ。
十四、岡崎女郎衆はちん池鯉鮒、よくそろひ、鳴海絞りは宮の舟、こちや焼蛤をちよいと桑名。
十五、四日市から石薬師、願をかけ、庄《しよう》野悪さをなほさんとこちや亀山薬師を伏し拝み。
十六、互ひに手を取り急ぐ旅、心関《こころせき》、坂の下から見上ぐれば、こちや土山つゝじで日を暮す。
十七、水口びるに紅をさし、玉揃ひ、どんな石部のお方でもこちや色に迷うてぐにやぐにやと。
十八、お前と私は草津縁、ばちやばちやと、夜毎に搗いたる姥ヶ餅。こちや矢橋で大津の都入り。
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行間に節もろとも淡い旅愁の漂ふ、そしていつもほのかにワイセツな、これを形に凝らせば、所詮は広重の名品が生れる東海道中のわび[#「わび」に傍点]であらう。道中筋の松並木はあたら戦争さわぎで切られてしまつたとしても、松籟の余韻は「日本」がある限りなくならないものである。
道中の「下り」は――
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一、花の都は夜をこめて、逢阪の、あゝこりやこりや、夕つげ鳥に送られて、こちや、名残をしくも、大津まで、こちやえ、こちやえ。
二、瀬田の長橋打渡り、近江路や、まのゝ浦風身にしみて、こちや草津、石部の水口へ。
三、土山行くのをふりすてゝ、情山、心細くも坂の下、こちや人目の関をば忍びつゝ。
四、往来《ゆきき》をまねくをばな咲く、野尻より、亀山、庄野、石薬師。こちや追分行くのは四日市。
五、かひを桑名の渡しより、尾張なる、熱田の宮を伏しをがみ、こちや鳴海、池鯉鮒の染尽し。
六、岡崎通りて藤川の、流れなる、赤坂越えて御油までも、こちや吉田、二タ川、白須賀へ。
七、心新井の渡船、帆をあげて、扇開いて、舞坂の、こちや浜松越えて見附けらる。
八、袋井、掛川打過ぎて、日坂の、小夜の中山夜泣石、こちや菊川渡りて、袖ぬらす。
九、いはで焦るゝ金ヶ谷で、思はずも、花の女郎衆は大井川、こちや二八ばかりの投げ島田。
十、花のゆかりの藤枝に、思ひきや、かゝる岡崎真葛原、こちや夢か現か、宇津の女で。
十一、津田の細道はかゆかず、花染の、衣物の裾を振りはいて、こちや鞠子府中の賑ひな。
十二、江尻、興津の浜辺より、はるばると、三保の松原右に見て、こちや浮世の塵を薩多坂。
十三、我元由井の乱れ髪、はらはらと、蒲原かけて降る雪は、こちや富士の裾野の吉原へ。
十四、原や沼津の三島への、朝露に、かけ行く先は小笹原、こちや越え行く先は箱根山。
十五、雲井の花をわけすてゝ、小田原の、大磯小磯を打過ぎて、こちや平塚女郎衆の御手枕。
十六、花の藤沢過ぎかねて、神の露、ちゞに砕いて戸塚より、こちや保土ヶ谷までの物思ひ。
十七、思ふ心の神奈川や、川崎を、通れば、やがて六郷川、こちや大森小幡で鈴ヶ森。
十八、酔ひも鮫洲に品川の、女郎衆に、心引かれて旅の人、こちや憂を忘れてお江戸入り。
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小田原あたりからうたの足どりが次第に東へ迫るにつれて文句も冴えて来る、といつても、この「下り」のうたは、「上り」に劣る。あるひは本来「上り」のうたがあつて、あとから「下り」を作り添へたものかもしれない。「お江戸日本橋」とは人がいつても、「花の都は……」では何のことかわからないのは、ひつきやうその作品が消えるか残るかの正直な出来栄えの違ひで、「いろはにほへと」の数へうたは無くならないが、「とりなくこゑす」は殆んどもうたれも口にしない。
それにしても「上り」うたの中の、第六節「登る箱根のお関所で……」の件りなどは、情景躍動見るべし、浮世絵にもこの活画面は好個の題材なるに拘らずちよつと見かけない。道中うた作者の勝である。
四、堀端
徳川氏は覇業を達成すると、慶長八年に江戸の大土木を起し、日本橋もこの時その名と実の出来た歴史となつてゐるが、翌年(西暦一六〇四年)この橋を里程の基本として三十六町一里の塚を四方へ作り、日本橋からの東西南北を東海道、中仙道、その他甲州街道、奥州街道、下総街道……とした。以来旅立ちは七ツにしても八ツにしても「お江戸日本橋」から立つのが定となつた。
徳川氏が、覇を成すや、土木を盛んにして江戸を中心に四通八達の道路を修正したのは、ローマが西欧大陸を定めるとまづ地域全体に渉つて道路を通したのと似てゐる。
東西実用主義の双へきと見て然るべきものだらう。家康は江戸城の堀を相するに当つて、その西に面する方角には堅固な石垣を築き上げることをしたが、東面は土留《どど》めの山なりのまゝ、格別に石垣で堅めなかつた。
東に面する方角から攻手のかゝらう理由は無い。あるひはこの方角に防備の理由はないとする心だつたといふ。
それはとにかくとして、桜田門から半蔵門あたりへ
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