陸《をか》の人達はぞろぞろ思ひ思ひの方角へ退散する、その「陸《をか》」が直ぐそこに見えてゐながら、船は川の中に釘付けで動けず、ちよつとやそつとの事には家へ帰れないのである。
 花火は船では見るものでないとつくづく後悔した。小さな猪牙《ちよき》船に行燈《あんどん》をのせたうろうろ船が、こゝぞとばかり釘付けになり合つた見物人の船々の間を敏捷に漕ぎ廻つて、あきなひする。その川風の中でラムネを抜くスポン!といふ音などは悪くないものだが、うろうろ船の品物は、するめ、西瓜、まくはうり、枝豆、ビール、飴湯など。「うろうろ船」の名は、川の中をうろうろするからといふのと、「売らう売らう」から来てゐる、といふのと二説あるやうだ。
 花火ではぼくは最後の打止めに揚がる虎の尾といふのが一番好きである。



底本:「東京の風俗」冨山房百科文庫、冨山房
   1978(昭和53)年3月29日第1刷発行
   1989(平成元)年8月12日第2刷発行
底本の親本:「東京の風俗」毎日新聞社
   1949(昭和24)年2月20日発行
入力:門田裕志
校正:伊藤時也
2009年1月6日作成
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