んだもの、ねえ沢ちやん。
杉山 (信じない)何を言つてやがるんだ。
お秋 しかし、ねえ杉山さん。よしんば、初ちやんが此処に来てゐたつて、あんたとはスツパリになつてゐるんだし、何もそんなに言ふ事は無いぢやないの?
杉山 彼奴は俺んとこへ来たがつてゐるんだ。綺麗に出してくれりや、だから、文句は無いんだ。
お秋 そんな無茶を言つたつて、――杉山さん、お前さん、あれからも初ちやんや町田さんとこへチヨイチヨイ行つたんだね?――そして又金でも出さしてゐたんぢや無いの? さうぢや無いの?
杉山 ――そんな事、俺が知るもんかね。
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短い間。
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お秋 ――そんなことだらうと思つてゐたわ。――しかし本当に此処には来てゐないのよ。あれ以来一度だつて来やしないわ。おかみさんに訊ねたつて、コツクさんに聞いたつていゝわよ。
杉山 みんなグルになつてゐやがるんだ。そんな手に乗るかい!
お秋 そんな、人が本当に言ふ事をいつまでも疑《うたぐ》るんだつたら、どうするの?
杉山 どうするつて? さうさ、此処で待つてゐるんだ。一日でも二日でも一ヶ月でも此処に坐つて待つよ。俺は彼奴を取返さねえぢや置かないんだ。
お秋 お前さんも変な人だわねえ。思ひ切りの悪い。――お前さん、お前さんだつて浜では相当鳴らした――。
杉山 大きなお世話だ。だからどうしたつて言ふんだ? ――だから俺や、変に隠し立てをすりや、何でもやるぜ。初子だつて町田だつて、変に立廻りや唯ぢや置かねえんだ。人を馬鹿にしやがつて!
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間。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 ――ぢや、此処に待つてゐるがいゝわ。私は嘘を言つてゐるんぢや無いんだから。
杉山 嘘をつきや、お前だつて、俺は――。
お秋 さう。――大変だわねえ。――沢ちやん、これ食べない、おいしいのよ。
沢子 えゝ、ありがと。
お秋 お食べよ。
声 (階下から男の酔つた)秋ちやん! おーい、秋ちやん、何をしてゐるんだ? 秋ちやん!
お秋 杉山さん、本当にあんた待つてるの?
杉山 あゝ、お邪魔をさして貰ふよ。
お秋 ぢや勝手になさいな。別に邪魔にもならないわ。(出て、階下へ去る)
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間。
杉山、沢子をヂロヂロ見てゐる。
汽笛の音。
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杉山 ――沢ちやん、お前どつか悪いのか?
沢子 えゝ――。
杉山 お客は取らずか?
沢子 えゝ――。
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間。
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杉山 綺麗だなあ、お前は。
沢子 ――そつちに居て下さい。
杉山 寂しいだらう?
沢子 ――何をするの? 何をするの?
杉山 ま、さう言ふなよ。何も別に、おめえ――。いゝぢやないか。――さう言ふなよ。
沢子 何をするの? 私、おかみさんを呼んでよ。秋ちやんを呼んでよ。秋ちやん――。
杉山 さう言ふなよ。俺、何もしやあしないぢや無いか別に何も――。(煙草を出して火をつける)
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階下の騒ぎ。
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[#地から1字上げ]――幕――
(二)[#「(二)」は縦中横] 階下の酒場
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少し淋しい位に広い。所々に置いてある安物の椅子テーブル。右奥に階段の昇り口。四五人のお客とお秋――今迄食ひ酔つてワイワイ騒いでゐたのがヒヨイと静かになつた所。正面の入口の所の外―舞台奥―からヒシヒシと詰めかけて入らうとする十人ばかりの仲仕達。
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客一 何だ、何だ?
客二 どうしたつてんだい?
お秋 どうしたの、まあおはいんなさいよ。どうしたんですよ。
仲仕二 出せよ。おいお秋、出せよ、そんな白ばくれなくたつて!
仲仕四 早く出せよ、出して呉れよ。
仲仕五 電報だ。電報が来たんだ。本部から来たんだ。早く出してくれ。阪井さんが居なきや、どうにもならないんだ。
仲仕六 秋べえ、早く呼んで来てくれ。
お秋 どうしたのさ? 何を出すの?
仲仕一 阪井だよ。阪井を出してくれ。
お秋 阪井さん? 阪井さんがどうかしたの?
仲仕二 今、阪井がゐなければ、どうにも無らないんだ。あの男でなければ誰にもどうにも出来ない事が起きたんだ。
お秋 阪井さんは合宿の方にゐるんぢや無いの?
仲仕一 ぢや此処には来てゐないのかい?
お秋 来てゐないのかつて、阪井さんは一昨日《おととい》来たつきり此処へは来やしないのよ。あんた達にわからないものが、私にわかる筈は無いぢやないの。
仲仕五六 うそつけえ! 色女!
お秋 ま、何を言つてゐるのよ、本当よ。阪井さんは此処にや来てはゐないわ。うそだと思つたら二階に行つて捜したつていゝわ。
仲仕一 さうか、そいつは困つたなあ。何処に行つちまつたんだらう。なあにね、今朝だ、みんな浜のあれで気が立つ
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