止しておくれよ。
お秋 だつて、お客が来るんだからね。
弟 ――姉さんは、いつでもお化粧をするんだね。――お客だ! 貴様達だ!(薄暗い中で、見物席に向つて、紙を切るためのナイフを手に持つて突出してゐるのがギラギラ見える)貴様達だ!
声 (階下から女将の)秋ちやん! 秋ちやん! 何をしてゐるんだよ! 秋ちやん! サツサとして呉れなきや困るぢやないの! お客さんが見えてゐるのよ、秋ちやん!
お秋 はあい! 恵ちやん、又、馬鹿を言つてゐるわね。
弟 畜生が! 畜生が! 外道奴!
お秋 そんな――(微笑)そんな物騒なことを言ふあんま[#「あんま」に傍点]さんなんて、あるもんぢやないわ。――そんなあんまに誰も肩なんかもましてくれやしないわよ。
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短い間。
[#ここで字下げ終わり]
弟 ――姉さん、俺が一|人《にん》前《まえ》になつたら、そしたら、姉さんは黙つてりやいゝんだ。俺が稼ぐ。それに、あの人もやつて来てくれる。――くそ! それ、やつつけろ! 阪井さんは、こはい様な人だけど、本当はやさしい人だ。――その時にやあの人の事を俺は兄さんと言ふんだ。
お秋 (微笑)――又言つてゐるよ。馬鹿だねえ。
声 (階下から女将)秋ちやん! お客さんだよ。秋ちやんてばさ。
お秋 はーい。さあ忙しいぞ。
弟 さうなつたら、あん畜生! さうなつたら、俺、姉さんの肩をもんでやるよ。ね、姉さん。
お秋 あゝ――さうなつたら――もんで貰ふわ。(身じまひをする)
弟 さうなつたら、――さうなつたら。
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お秋、手廻りのものを片附けながら、静かに微笑してゐる。
[#ここで字下げ終わり]
お秋 そんな事をグズグズ言つてゐないで、仕事をおしよ。(階下へ)はーい、ただ今。
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やがて三畳の紙の音。間。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]――幕――(一九二八・六)
底本:「三好十郎の仕事 第一巻」學藝書林
1968(昭和43)年7月1日第1刷発行
底本の親本:「炭塵」中央公論社
1931(昭和6年)
初出:「戦旗」
1928(昭和3年)8〜11月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※アキ、句点の有無、字下げ、ダッシュの長さ、仮名・漢字表記のばらつき、新字
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