る人の子だわ。自分の子だと思ふ人のものだわ。
町田 何だよ?
お秋 いゝえ、何でも無いわ。
初子 もし赤ん坊が生れて大きくなつたら、さう聞かしてやるわ。秋ちやんのことを――。
お秋 そんな事、ごめんよ。私。――初ちやん、これからも、ねえ、――私、何と言つたらいゝだらう。チヨイと言ひ方がわからないんだけど、――地びた[#「びた」に傍点]ばつかり見ちやいけないのよ。いつも地獄の方ばかり見てはいけないわ。――世の中には面白い事はいくらもあるものよ。――杉山さんなぞを怖がる気持が此方にあるから、おどかされもするんだわ。
初子 わかつたわ、秋ちやん、わかつたわ。
お秋 ではもうお帰り、早く帰つて頂戴。――そして、初ちやん、これから、どんな事があつても、町田さんを離れるんぢやないのよ。此処へ戻つて来ちやいけないのよ。私を思ひ出してはいけないのよ。――ね、こんな所に来ちやいけないのよ。杉山はもう大丈夫だわ。
弟 畜生! こんな所に来ちやいけないんだ。誰も来ちやいけないんだ。これから、誰一人だつて来ちやいけないんだ。
町田 どうしたんだい?
お秋 なあに、あれは何でも無いわ。――さあ、早く家へ帰つて頂戴。
初子 だつて秋ちやん――。
お秋 まだこの上に何を言ふ事があるの? 早くお帰りよ。早く、さ。
町田 ぢや、お秋さん、僕あ、何と言つていゝかわからないんだけど――。
初子 ぢあ、秋ちやん、あんた身体に気をつけてね、私これで帰るわ――。(二人お辞儀して立上る)ぢや――。
お秋 もう、来ちやいけないわよ。
[#ここから2字下げ]
二人去る。お秋ボンヤリと坐つてゐる。間。
[#ここで字下げ終わり]
阪井 (三畳に坐つたまゝ)おい、秋ちやん――。
お秋 なに? どうしたの?
阪井 お前は先刻疵だらけだと言つたね。
お秋 え? え、さうよ。見せてあげたつていゝわ。疵だらけだわ。(微笑して)疵だらけになつて、やつて来たんだわ。生きて来たんだわ。なあに、これからだつて――。
阪井 ――(低く唸る)
お秋 どうしたの? 工合でも悪いの? ――どうしたのさ?(立たうとする)
阪井 よし! 行つてやる! 行く!(立上る)なあに、なあに、なあに!
お秋 どうして? どうしたの? どこへ行くの? まさか――。
阪井 俺を笑つてくれ。お前は俺を笑つてくれ。俺みたいな人間はお前から笑はれなきやいけないんだ。俺
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