けになつてゐるのに、向ふはどうして命がけにならないんだ。畜生! 俺の眼が開いてゐたら、俺の眼が開いてゐたら! 阪井さん! 阪井さん! 阪井さん!
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阪井は何とも返事をしない。
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お秋 お黙りと言つたら黙らないの? 小供はこんな事考へなくていゝんだよ。
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短い間。
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初子 ――(突伏してゐる)秋ちやん、――私はみじめだわねえ。――私達はみじめだわねえ。ほんとに――。秋ちやん、それからね、私、もう唯の身体ぢや無いのよ。
お秋 え?
初子 来年の四月――四月には――。だけど、それが――。
お秋 ――?
初子 それが、秋ちやん、――私にもわからないのよ。――あさましいわ。
お秋 ――?
初子 本当に、あさましい――。
お秋 何がさ? どうしてなの?
初子 私、恥かしい。――だつて私にはどうする事も出来ないんだもの。仕方が無かつたんだもの。――杉山がおどかして、無理に、たうとう――。
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間。
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弟 (顔と手を見物席の方へ突き出してわめく)畜生め! そいつだけぢや無いんだぞ! お前達の子だ! そこにゐる一人々々のお前達の子だ! お前達の責任だ! 見ろ、お前達は、みんなして、こんな所に、こんな隅つこに、親父のわからない子供を生みつけるんだ。そして知らん顔をして見てゐるんだ。知らん顔をして見てゐるんだ。――あさましいのは此方ぢや無いんだ。あさましいのはお前達だ。お前達が恥知らずで畜生だから、こんなことになるんだ! 阪井さん! 阪井さん! どうかしてくれ! なぜ黙つてゐるの、阪井さん、どうかしてくれ! ち、ち畜生めが!(阪井は[#「(阪井は」は底本では「阪井は」]矢張動かないで坐つてゐる)
お秋 恵ちやん、お前子供のくせに何を言つてゐるの! お黙り。
弟 ――だつて、さうぢや無いか。杉山つて奴は畜生だけど、彼奴一人ぢや無いんだ。杉山の様な奴は、杉山のほかに沢山ゐるんだ。どれだけでも居るんだ。
お秋 黙つておいでつたら!(初子に)――それは町田さんのだわよ。
初子 えゝ、さうは思つてゐるんだけど――。
お秋 さう思つてゐなきやいけないわ。さうなんだもの――それで初ちやん、私の言ふ通りにするの?
初子 えゝ、――どんな事でも。
お秋 ――こゝに戻つて来
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