うなんだ。彼奴は考へて考へ詰めたあげくの事に相違無いんだ。
お秋 喧嘩でもしたの?
町田 馬鹿な、そんな事ぢや無いんだよ。――事が違ふんだ。――彼奴まだ此処に来てゐないとすると――秋ちやん、どうしたらいゝだらう。お願ひだから考へてくれないか。僕には何もかもわからなくなつた。どうも――。
お秋 だからさ、何がどうしたんだか、言つて見なきや解らないぢや無いの。
町田 あの杉山だよ、杉山がこんな事になさしてしまつたんだよ。杉山が金をゆすつたり、恐迫したりするもんだから、初子は僕んとこに居れなくなつたんだ。
お秋 だつて町田さん、そんな筈は無いぢや無いの? あの時、杉山さんは手切れまで取つてゐるんぢやないの?
町田 そんなもの何にもなりやしなかつたんだよ。――そりや一ヶ月ばかりは、僕等んとこへは寄りつかなかつたさ。――しかしそれからは三日にあげずやつて来るんだ。――居すわつて動かないんだ。――何と言つても、そのたんびに金をやれば、その時だけは帰るが、次の日になると又来るんだ――。
お秋 だつて、あんたんとこ、杉山さん、知らなかつた筈ぢやないの?
町田 あの男には、そんな事捜す位、何でも無いんだ。――僕達だつて、最初の家からもうこれで四度も越してゐるんだけど、それでも駄目だつた。――蛇の様な男だ。――初子は、そのたんびに、どうせ私は杉山から逃れられない運命だからつて、泣くんだ。――お秋さん、これを見て呉れ。(紙片《かみきれ》を出す)
お秋 ――。(黙つてそれを読む)
町田 僕はどうしたらいゝんだらう? ねえ。――僕は出来るかぎりの事はした。――初子と一緒に居れば学資は出せないと親父が言ふので、夜になると新聞社の発送係りに出た。二人で貧乏した。僕はあれを教育しようとまでした。――ね、お秋さん、僕の心がまだ足りなかつたんだらうか?
お秋 ――えゝ、足りなかつたのよ。
町田 え、さう思ふのかい? どうしてなんだ、どうしてなんだい?
お秋 ――さうだと思ふわ。――初ちやんは、私と同じ者だつたのよ。まあ、さうね、淫売だつたのよ。それをあんたが外へ連れ出したんだわ。
町田 それは知つてゐる、しかし、僕はかまはないんだ。僕は僕の妻にしようと思つたんだ。
お秋 そしてね、淫売を普通の女になす事は、普通の女を淫売になすことよりも、むづかしいのよ。――さうだわ、あんたの心が足りなかつたんだわ。―
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