たからこそ、町田さんと一緒になれたし、それに。
お秋 もう沢山。――しかし初ちやんと言へばどうしてゐるんだろう。
沢子 あれから一度も手紙も来ないの?
お秋 それは、私が手紙のやりとりなんかしないと言つといたからね。あゝやつて、やつとこんな泥水の中から逃げ出せたんだもの、もうそんな泥水の事なんぞ、こつから先だつて思い出しちやいけないんだわ。
沢子 うまく行つてるかしらん。――杉山さんとはスツカリ手は切れたの?
お秋 そりや、もう、とつくに切れてるわ。――さうさ、うまくやつてるのよ、きつと。町田さんはあんなんだし、初ちやんは断髪だし、モダンボーイにモダンガールとやらで、よろしくやつてゐるのよ。
沢子 うらやましいわねえ。
お秋 うらやましいわ。
沢子 それと言ふのも――。
お秋 黙れ! ははは、これは阪井さんの真似よ。(右手を突出して)そんなこつ言ふのは黙れ!
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二人笑ふ。
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沢子 阪井さんと言へば、今秦さんが、騒ぎから手を引くと言つてゐたと言つたけど、阪井さんが居なければ、組合の方では困ると言ふぢや無いの。本当かしら?
お秋 何が?
沢子 手を引くと言ふこと。
お秋 私にやよく解らないわ。
沢子 近頃阪井さん来ないの、秋ちやんとこ。
お秋 時々来るにや来るけど、あのだんまり屋が、――たまに何か言ふと、黙れ!(右手を突出す)
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二人笑ふ。
階下《した》から呼ぶ女将の声。
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声 秋ちやん! 秋ちやん! 何よ[#「よ」に傍点]してゐるの? 秋ちやん!
沢子 おかみさんが呼んでゐるわ。
お秋 お客が来たんだわ。なに、少し放つときやいゝんだ。
声 秋ちやん! 何を又グズグズしてゐるの、少し下にも来てお呉れよ。私一人ぢや手が足りなくて困つてゐるんだから。
お秋 (障子から顔だけ奥へ突出して)はい、はい、今行きます。
声 はいはいぢや無いよ。御病人の看病は後にしておくれよ。この忙しいのに!
お秋 わかつてるわ。私、直ぐに仕度をしますから。
声 病気々々つて、何が病気だか本当に知れやしないよ。まるでお嬢様みたいに思つてゐるんだからね。(二階まではハツキリ聞へないが、まだグズグズ言ふ)
沢子 秋ちやん、私、今晩から起きるわ。その方がいゝわ。一人か二人のお客だつたら――。
お秋 何を馬鹿を言つて
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