しげ そうよ、涙あこぼしている暇も無えずらよ! お前はそうた情《じょう》無しだあ。
農夫 なにをこくだ、このアマあ! 行かねえと、ぶっくらわすぞっ!
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鈴の音と下駄の音がコトコト行く。
向うから馬力が近づいて来る音。
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馬方 (馬と共に歩きながら、軽い鼻歌)ハイ、イッサイコレワノ、パラットセと。鮎は瀬に住む、鳥ゃ木に止る、人は情のう――よう、婆さん、又行ってるなあ? どうだえ、ちったあ利きめがあるか、よ? へっへへ、(馬力の音が停る)ホントにお前、気が変なんかよ?(鈴の音がとまる)そうじゃあるめえ、キチゲのふりして、そうやってツラ当てに歩いてるだけずら?
そめ ……はい。(ビクビクしておじぎをしたと見えて鈴がちょっと鳴る)
馬方 ふだんの日は、ちっとも間ちがわねえでタンボ稼いだり子守してるつうじゃねえか? え、なんとか云えよ、どうだ、おらが誰だか、わかるかよ?
そめ あの、いつも村を通る馬方のしだ。
馬方 そうれ見ろ、わかるじゃねえか。ニセキチゲめ。いいかげんにするがええぞ。もうへえ、戦争から五年たってら。民主々義だぞ。誰にしたって出来た事は出来た事で、もうへえ、戦争の事は忘れちまってら。それをへえ、お前みてえにいつまでもだな、いえさ、息子を取られたり亭主を取られたり親父をとられたりした者は一杯いらあ、それがみんな諦らめて、忘れよう忘れようとしていら、なあ、――お前みてえに、そやってチラクラとだな、ツラ当てしられちゃ、たまったもんじゃねえじゃねえか!
そめ へい、すみませんです。(鈴がコロコロ)
馬方 ホントは、なんじゃねえのか、そやって歩きまわって闇米かつぎの仲人でも稼いでんじゃねえかよ? それとも税務署のドブさがしの手先でもつとめてるか?
そめ いえ、そんな――
馬方 ハハハハ、とんかく、いいかげんにしろって云う事よ。第一そうやってポーッとして眼え釣り上げていると、今にバスに引かれるか、馬に蹴られるぞ。こら、野郎あゆべ。(これは馬に言ったもの。馬が歩き出し、車がきしむ。歩き出しながら)気を附けろう!
そめ あい。
馬方 (馬力と共に遠ざかりながら)ハハ、ハッハハハ。こうら!(鼻歌のつづき)人は情のう淵に、住うむう。(歌いつつ消える)
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再び歩き出している下駄と鈴。
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