浜までだと、ええと、何千里つう――
旅の女 え?
そめ ううん。いや、そうさ――白浜と……
旅の女 この奥なんでしょ? 一度主人といっしょに来た事があるんですけど、よく憶えてなくて――
そめ そうさ、二千……いやいや、二里半かな。ええと……そうかや? おらあ、へえ、どうしたずらな? コーツ、と?
旅の女 どうかなさったんですか?
そめ いやいや、コーツと。……食う物だと、そいで?
旅の女 はあ、何でもいいから売ってくれる所は無いでしょうかね?
そめ さあ、この辺には、店屋なんぞ一軒もなし、……第一、もうへえ、暗くなんのに、お前さま一人で、なんでまた――?
旅の女 連れ合いの姉が、その白浜村にいるんです。いえ、先日急に病気で連れ合いが亡くなりまして……この子が有るもんですからね。
そめ (相手の背中をのぞいて)ああ、赤さんだなし。よくねぶってござら。
旅の女 連れ合いの――ナンの時も、そう言って来てもくれない姉ですから、さて行って見てもなんにもならないかも知れませんけどね……とにかく今後の身のふりかたを相談しに――ほかに身寄りもないもんですから――
そめ そりゃ、えれえことだ。そうかや。つれえこんだなし。
旅の女 いいえ、つらい事は覚悟して来たんですから、なんでもないんですの。ただ、おなかが空いて歩いて行く力がなくなっちまって――
そめ うんそうだ[#「そうだ」は底本では「そうた」]、おらに握り飯があるよ。ホイホイ。(帯のうしろにむすび附けた包をほどきながら)これ食って行きなせ、あい。
旅の女 え? まあ!、これ、いいんですか?
そめ ええとも、ええとも。竹の皮ごと持って行きなんし。
旅の女 それは、どうも。ありがとうございます。助かりました。なんでしょうか。いかほど、お金さしあげたら?
そめ なに、ぜになど要らんよ。それは、おかつがこせえてくれたおらのベントウだ。
旅の女 じゃ、お婆さんがお困りでしょ?
そめ あにさ、俺あ、へえ、食わずにすましただから。遠慮せずと、お持ちなせ、さあさ。
旅の女 そうですか。そいじゃ、どうも――おかげで、助かります。こんな所で、どこの方か知りませんけど――(涙声)忘れません。……ありがとうござ……
そめ あい、あい。(少しテレるような調子。しばらく前から、彼女の調子に、夢から醒めた人のような所が出て来ている)そんじゃま、早く行きなせ、
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