なるでねえよ。いいかあ?
そめ (少し離れた所で歩きながら)あいよ。(部屋の中でそれまで眠っていた幼児が眼をさましてグズグズ泣きだす)
かつ 小僧、眼えさましたかよ?(部屋に入り、子供を抱き起す。子供泣きやむ)今日はバサマにお守りはしてもらえねえだから、おっ母あが、タンボに連れて行ってやるからな、おとなしくしろ。そら見ろ、バサマ、トットと行かあ。
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コロ、コロ、コロと鈴の音が遠ざかり消える。ゴーゴーゴーとフイゴの音。
金床のうえでチンカン、チンカンと鉄を叩く音。
[#ここで字下げ終わり]
かじや (フイゴを押しながら)さぶ、鷲山の米八のマングワ、急ぐずら?
さぶ うん、是非今日中に頼むって云ってた。去年の秋でハンパになっていた山の開墾を、この春はどうでもおえるんだからと。
かじや そこにある、それがそうだべ、持って来う! そいから新助んとこのレーキを、おっくべろ。
さぶ ……(持って来たクワとレーキをガタンと置く)おいしょ。
かじや ついでにコークス、すこしくべろ、近頃のコークスぁどうしてこう火力が弱いんだか、まるで、へえ、オガクズみてえなもんだぞ、じょうぶ! これで一俵二百円からすんだからな。こんなエンフレエじゃ、俺ちみてえな野かじなんざ、たまったもんじゃねえぞ。まったく!(火の中に鍬の穂をザっと突っこみ、あと勢いよくフイゴを押す。そのゴーゴーと云う音の中に、遠くから鈴の音が入って来る……)
さぶ あゝ、鷲山のキチゲ婆さんが来た。
かじや あゝん?
さぶ 源次郎さんとこのよ、ほら。(鈴の音が近づく)
かじや へえ、するつうと、今日は二十六日かよ? 俺あ二十五日だと思っていたが――(鈴の音近づく)そうか、そんじゃ、山田の馬力の輪は、今日中にやっとかにゃならんな。堆肥ば山へ運ばんならんのが、たしか二十六日とか云ってた。
さぶ んじゃ、輪をはずしとくかな。
かじや うむ、(表を通りかかる鈴の音に向って)おそめさん、早いねえ、おそめさんよ? よくまあ、なんだ、根気の良いこんだなし。
そめ あい。……(足はとめないで通り過ぎて行く)
さぶ (それを見送りながら)だども、いい加減にあきらめたら、どうずらなあ、あの婆さまも。
かじや そこが親つうもんだ、なえ! キチゲなどと云うと罰が当るぞ。俺なざ、毎月の今日、あの婆さまが通るたびに、おふくろに孝行する気に
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