房代に向ってビュウッとバンドを振る)
房代 あっ! (辛うじて打撃をかわし、テーブルを小だてに取って、室の隅に飛びさがる)
省三 出て行け! 出て行かないと殺すぞ!
房代 殺せるものなら殺してごらん! しと、痛いだろうと思って、わざわざやって来てタオルで冷してやろうとすると、だしぬけに、なに乱暴するのよッ!
省三 なぜ触るんだ俺に! 放っといてくれ、お前みたいなバイタが――出て行け!
房代 出て行くとも! あたしのためにケガをさして悪かったと思うから、こうしてなにしてんのに――動物!
省三 あたしの為にケガをした? ヘッ、あん時、お前のあとから飛び降りた自分が、腹が立つんだ! ざまあ見ろ、だからこんなケガあしたんだ! 俺が俺に罰を喰わしてやったんだ。お前なんか死のうが生きようが腐ろうが、知った事か! のぼせるなよ、お前なんかのために誰が飛びおりたりするもんか!
房代 ヘッ、のぼせているのは誰だ? 戦争が始まったのが、あたしのセイなの? あんたが出征したのが、あたしのセイなの? 復員して見たら、あんたの恋人が空襲にやられて死んでいたのが、あたしのセイなの?
省三 ちきしょう、だまれ! だまれ、ちきしょう!
房代 その恋人にどっかあたしが似ていたと言うのが、あたしのセイなの? そのあたしが食べられないから、進駐軍につとめているのが、あたしのセイなの?
省三 食いものをもらうと、犬はシッポを振る。しかしシッポの先きに心臓をぶらさげて振りはしないんだ!
房代 あんただって血を売ってるじゃないか!
省三 血は俺のものだから売るんだ! 俺の自由意思で売ってるんだ!
房代 あたしは、あたしのものだから、あたしの自由にするのよ! 恋人を持つのは、あたしの自由だ!
省三 三月に一人ずつの恋人を持って、オンリイ、オンリイで次ぎから次ぎと、三年もたつと一中隊ぐらい兄弟になっちゃって、子供でも生れるとなったら、白いのかい黒いのかい、わからなくなったらフイシュ・スキンに聞いてみろい!
房代 ヘッ、ゼラシ!
省三 なにようッ! ちき――(バンドを振りかぶって迫って行く)
房代 ヘッ――(それに向って、犬に追いつめられた猫のように、シューと響く唸り声を立て、歯をむき出して対する。――それがヒョイと戸口の方を見るや、声も立てずにゴム風船から空気が抜けるように、不意にしぼんだように怒りの形相が完全に
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