までが、日常生活のものうい夢から叩き起され、眼をさましたのではないのか? ……そうだ、現に私だ。私は半分死んでいるのだと須永は言った。そうかもしれない。お前はここに私のそばに立っている。もう既に死んでしまったお前が私のそばに立っている。それを私は実感で知っている。それが私に少しも変だとは思われない。ならば、私も半分死んでいるのだろう。そうかもしれない。それが須永に叩き起されて、こうなって、さて、私の眼が急にハッキリ見えはじめた。夜の空気が、ヒンヤリと、これまでとはまるで違った肌ざわりで私の顔を撫でる。おかしいぞ。夜の闇が不意にベットリと黒いものとして私を取り巻いて見えて来る。闇はズッと前から有ったのだ。見えていたのだ。それが今急にベットリと、まるで液体のように私を取り巻いて、ここに在る。どうしたのだ? これは、なんだ? やっぱり私は死につつあるのか? それとも、ホントに生きはじめたのか? ぜんたい何が起きたのだ? 何が起きようとしているのか? 須永は、どこへ行ったのだろう? 須永!
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(舟木が腕まくりをおろしながら入って来る)
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舟木 ……須永君は柳子さんたちと三階じゃないかな。
私 房代さんのケガは?
舟木 あの人は足くびをチョットくじいただけだが、省三が釘で額を切った。馬鹿な、いっしょに飛び降りることはない!
私 若宮さんと浮山君が喧嘩をした?
舟木 若宮が電話をかけようとするのを、浮山君がいきなリなぐり倒した。あんな男じゃないと思っていた。取組み合いになって、若宮は鼻から血を出している。
私 ……狂人だろうか? 須永は?
舟木 ノイローゼ。病識が有る。しかし、それがわれわれの方で言う病識か、ただ一般的に、つまり思想的な言い方での、自分は病気だと言うのか、そのいずれか、この程度ではハッキリしない。変質者であることは確かなようだ。しかしそれも遺伝関係のデータを調べなければハッキリしない。むしろ、その相手の、先に一人で自殺したと言う娘さんの方に一種のパラノイヤのような――つまりセックス・フォビヤがあったのではないかな。
私 聞いたのか?
舟木 戦争からの影響――つまりアプレゲール現象だで、世間はこういう事を片づけたがる。しかし因って来る所はもっと深い。断絶だ。これは断絶。崖を踏み切った。足はもう地面を踏んでいない。
私 
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