人を殺すのは、いけない事じゃないかね?
須永 それは知っています。……でも、しかたがなかったんです。
私 しかたが無い? そう、しかたがないと言えば、なかったかもしれん。でも、悪いことは、やっぱり悪い。
須永 ええ、悪いです。……でも、善いことと言うのは、なんですか?
私 そりゃ君……(言葉につまる)
須永 戦争の時は、敵を殺すのは善い事なんでしょう?
私 …………(答え得ない)
須永 いえ、僕は自分のした事が善い事だなんて言う気はまるでありませんから、屁理屈を言おうとしてるんじゃありません。いけないのは僕です。でもホント言うと、何が善くて何が悪いか、僕にはまるっきり、わからないもんですから。――
私 ……(額に油汗が光っている)しかし、しかしだね……(あえぐ)その、逆にだな、君が人から、いきなり殺されたら、君、イヤだろう?
須永 そんな事はありません。いつ殺されてもいいです。……僕はもう、とうに死んでいるかも知れないんですから。
私 (歯をガリガリと鳴らして)僕は冗談を言ってるんじゃない。
須永 僕も冗談言ってるんじゃありません。弱ったなあ。(私が怒っているらしいのに、ホントに弱っている)……いつ死んでもいいんです、これで。(とポケットに触ってみせる)あなたに撃ってもらってもいいんです。
私 須永君。……(ガタガタと手がふるえている)
須永 弱ったなあ。……あのう、御迷惑なら僕あ出て行きます。ですから……いえ、あなたとモモコさんに逢いたかったもんですから。……あなたの事を僕はズーッと尊敬していました。たった一人、あなただけを尊敬してたんです。それが、今夜来てあなたを見たら、なんですか、まるきり、尊敬しなくなっちゃってる自分に気が附きました。どう言うのか、僕にもわかりません。尊敬じゃない、もう。……軽蔑しちまってるんです。いえ、軽蔑と言っちゃ、なんですけど、その、あわれなような気がします。あなたが、なんか可哀そうなような――そうです。そいで、やっぱしあなたが好きです。(女のような微笑)……あなたには、わかっているんだ。あなたは、わからないと自分で思ってるけど、そう言っているけど、ホントは、あなたは、僕のことは、わかってるんですよ。……あなたも死にかけているんだ。だから、ホントにあなたは生きているんです。あなたは奥さんを亡くしてるんです。僕はあい子を亡くしたんです。殺
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