権利一切を譲るって事だなあ。
浮山 金は、それで、渡したのか?
若宮 渡そうかと思って、掻き集めて見ているとこさ、こうして。三十万にゃ、すこし足りない。
浮山 柳子はその金でどうする気だ?
若宮 そいつは、わしの知った事じゃない。なんでも、此処を飛び出して、どっかへ逃げる気らしいね。
浮山 え、逃げる?
若宮 ヘヘ、あんたもボヤボヤしていると、とんだトンビに油あげさらわれる。気をつけた方がいいね。ヘヘ、ああ出て行きますとも。誰がお前さん、こんな化物屋敷にいつまでも居たい事があるもんか。出て行くよ。しかしねえ、あたしが此処から出て行くと、あと、どんな事になるか御承知でしょうね? ヘヘ……(ヘラヘラ笑っているのが、なんの気もなく廊下の方を見て、ギョッとして、口を開いたまま、言葉が出なくなる。あまりの変化に浮山もびっくりして、廊下の方を見ると、そこに須永が立っている。……間。凍りついたような一瞬。……須永は、遠慮っぽい態度で若宮と浮山を見ている)
若宮 わあッ! (と、いきなり飛びあがるや、腰を抜かしたように、両手をうしろに突いて、床の間の方へ、ワクワクとにじりさがりながら)……た、助けてくれ! 助けてくれ! こ、こ殺さないでくれッ!
須永 いえ、僕は、あの……(言いながら、無意識にあわてて、不当に自分を怖れる若宮の狼狽をとめにでも来るように入って来る)
浮山 須永君!
須永 どうか、あの、許して下さい。僕は、ただ――
若宮 助けてくれッ! 助けてくれッ! 殺さないで、殺さないで下さいッ! (さがって行った床の間の袋戸に手を突っこんで、もがいている)
須永 ……(その若宮の奇怪な姿を見ているうちに、微笑する。その微笑の中に、はじめて、何か残忍な憎悪の影が差す)……殺す?
若宮 殺さないで下さいッ! 殺さないで――(叫んでいるうちに、手にふれた袋戸の中の物を引き出して、スラリと抜いて突き出している。道中差しの日本刀。黒いサヤから引き出された刀身がテラリと光ってブルブルふるえている)
須永 ……あぶないですよ、あの――
若宮 あぶ、あぶ、あぶ……(歯の根が合わない。刀を須永に向って突き出したまま、眼は裂けんばかりに見開いている)
浮山 若宮さん! 須永君!
須永 ……(フッと我れに返って。浮山を見て)あの、モモコさんどこでしょう?
浮山 モモコ? モモコは、さあ、……、塔の上
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