わしている。へっ!
私 柳子さんは全体どうしたと言うんだ?
若宮 わしの知ってる間だってもう五六年も男っきれを寄せつけなかった女だ。バクチに血道をあげちまって、色気の方はフタをしちまった。フタをしたって、無くなったんじゃない。内にゃ、あんた、クツクツ煮えて溜ってまさあ。そいつが時々ワザをするんだな。須永を見て――ただの須永てえ男だけなら、そんな事あ無いさ。現に夕刊のあれを知るまで何の事あ無かったもの。ヘヘ! 柳子は金をこさえて須永といっしょに逃げる気らしい。
私 嘘だ。
若宮 嘘じゃ無い。現に先程ここへ来て、手持の株から此の家の書類まで全部投げ出して、金を貸してくれと私に――あの権高な女が、この私に頭あ下げましたよ。本気だ。狂ったね女あ。
私 しかし、ああして三味線ひいている。
若宮 あれは、それでも、自分で気を落ちつけようとして弾いてるんだ。気が立ってくると、あの女あ、いつでもああです。(その三味線の音に二人が耳をやったトタンに、それまでズッと聞こえていたその音が大きくなり、ベリベリ、バリンと叩きつけるように響いて、ピタリと止む)
私 …………(そっちに気をとられている)
若宮 ……(ニヤリとして)昔、聞いた事がある。人殺しの兇状持ちの男が洲崎の遊廓に逃げこんだ。

     16[#「16」は縦中横] 柳子の室

[#ここから3字下げ]
(その深紅のじゅうたんの所が明るくなる。
そこに椅子の上にキチンと坐って、たった今まで弾いていた三味線の、三本の糸がバラリと掻き切れたのを左手に、右手に象牙のバチを振りかぶる様に持った柳子が、何かに魅入られたように一方の方を見守っている。その視線の先のじゅうたんの端の所に須永がボンヤリ立っている。……※[#始め二重括弧、1−2−54]この場合の柳子と須永はパントマイム。そして前の場の若宮の室は暗くならず、若宮が私に語る話も、そのまま続けられるので、同時に二カ所で事が進行する※[#終わり二重括弧、1−2−55])
[#ここで字下げ終わり]
若宮 その時もそいつは追いかけて来た人間を三四人も斬っていたそうで、返り血でもって全身血だらけだったそうだ。そのナリで何とか言う大きな女部屋の構え内へ飛び込んだ。騒ぎになった。
須永 モモコさんは――モモコさんは、どこでしょう? ……(柳子は無言で、眼は須永の顔の上に据えたまま、三味線とバチをわ
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