まま、人気が無くなつている。思ふにお神さんのいはゆる「極道」が通つてしまつたのであらう。
十軒ばかりの店がスツカリ空家になつてしまつている。営業をしているのかどうかは知れないが、とにかく元のままで店を開けているのは、角の酒場と、その二階の旭亭撞球場の二軒だけだ。
あつけに取られると言ふのは此の事だ。盛り場の裏通りの、木造建の此の一廓が、急にヒツソリとしてしまつたのは、寂しいと言ふよりも、いつそ異様な位に感じられる。
それも昼の間や宵の口は、附近が人々や騒音でゴツタ返しているから、まだよいが、夜更けになると、シンとするし、まるで廃墟のやうに、やりきれない光景になつてしまふ。
ところが今夜は、その二階の旭亭がひどく賑やかだ。
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[#3字下げ]第一幕 ビリヤード旭亭内[#「第一幕 ビリヤード旭亭内」は中見出し]
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場内一杯に音楽、――アコーデオンに依る急テンポのダンス曲。それに拍子を合せてタタ、タタツ、タツと床を叩くタツプの響。やがて男声テノールの唄。
開幕。
ガランとさびれ果てたビリヤード室。周囲には汚れた椅子、長椅子、ゲーム台、キユー台等。正面奥に三つの窓、既にカーテンもさがつて居ないので、そこからは深夜の盛り場のネオンが低く覗いてゐる。下手横に階下へのドア。室内上手の部分は一段高くなつて畳敷になり、その奥はカーテンで仕切られて見えず、右の隅は押入れ、カーテンと押入れの間は狭い通路(裏梯子へ)、二台の球台中一台だけが正常な位置(下手寄り)に据ゑてあり、他の一台は壊れて使へないか奥上手に片寄せられてゐる。その跡の広い場所で、いづれも水着一枚きりの裸体を汗みどろにして三人の若いダンサーが、タツプダンスを踊り抜いてゐる。中の一人、時々ハイツ、ハイツと掛声を掛けてゐるのは、此の旭亭の娘(千代――通称ミル)。若い洋服の男(田所修)が奥の球台に腰をかけ、窓の外(舞台奥)をチラ/\見下ろしながらアコーデオンを弾き唄つてゐる。三人のダンサーと同じ劇団のテノール歌手である。畳敷の所に横坐りに坐つて、酒のコツプを時々口へ持つて行きながら、右の四人をニヤ/\しながら見やつてゐる三十四五の小麦色の肌をした女は、此処の主人の妾(お辻)。――タツプダンスと音楽は続く。
アコーデオンとダンスの拍子がヒヨイと狂う。
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