……父つあんの気持が、俺にも解る様な気がする。
ミル ぢやこれで私も立派な叔母さんになつたわけね。どうだい!
彦六 で、相手の女はどこのもんだ?
彦一 うん、仲間の妹でな、少しぼんやりしてるけど、気性はいい女だぜ。今メリヤス工場に通つて働いてゐる。
彦六 なぜその赤ん坊をつれて来て見せねえんだ。
彦一 駄目だよ、まだフニヤ/\して手に負えねえ。
彦六 ふーむ、孫か……笑わせやがる。馬鹿野郎。(流れ出して来る涙を横なぐりに拭く)
彦一 なあ、父つあん、思ひきつて、一家ひき移らうぢやないか。家もあるし、気の合つた仲間もゐらあ。
彦六 (考へ込み乍ら)だが、私が行つて、ボンヤリふところ手で毎日遊んでゐるのもな、今更。
彦一 だつて、父つあん、病気だらう?
彦六 病気で寝てるんぢや無い! 寝てゐたから病気みたいになつてしまつたんだ。
ミル あれあれ! あんな事言つてゐる。
彦一 アハハハ。ぢや問題無いよ。捜しや帳付けでもなんでも、仕事はあるさ。……ぢやいいね?
彦六 うん。
彦一 ……ぢや、お千代、話を付けるから、先刻の連中を呼んで来い。
ミル うん。(走り出して行く)
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間――黙つてゐる父子。右奥の少し離れた所でガーン、ベリベリと大きな物音。音の度にシヤンデリヤが顫へる。この物音は最後まで断続する。
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彦一 ……なんでも、向うの端から取壊しにかかるつて、先刻階下でさう言つてたな。
彦六 ふん。……彦一……ぢやあ、お前の赤んぼは、私が名前を付けてやるかなあ。
彦一 うん、一つ頼むよ、父つあん。
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ミル戻つて来る。開かれたドアから、階下でお辻とアサが猛烈に口論してゐる声。
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ミル 白木も鉄造も下にはゐない。
彦一 あれは、なんだ?
ミル アサさんとお辻とが喧嘩してゐるのよ。二人とも鉄造さんのおかみさんになるんだつていつてね、スタンドの所で掴み合つてらあ。
彦一 ハハ、さうか……さうだつたな、父つあん、お辻さんも連れて行くんだらう?
彦六 うつちやつて置け。どうせ金を掴めば向ふで逃げ出そうとしてゐた女だ。
彦一 遠慮をするなよ、父つあん。まだ入用だらうが?
ミル アハハ、私に気兼ねしなくたつていいわよ。
彦六 もう、いらんよ、コリ/″\だ。
彦一 いらんのか?
ミル いらんのか? お父つ
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