つてゐないのか。(息子も父も思はずニヤニヤ笑ひ出す)ときに、お前、今なにをしてゐるんだ。
彦一 なに、土方みたいな事だよ。
彦六 府中でか?
彦一 府中は家だけで、あつちこつちの現場を歩き廻つてゐるよ。方々行くが、大体三多摩一帯だ。
彦六 ほう、あの辺なら私も二十歳前後によくあばれて廻つたところだ。三多摩の自由党は威勢のいい奴が揃つてゐたからなあ。さうか。(自由党時代の事を思ひ出して身内が熱して来るらしい)当時、貧乏党、共和党と云ふのが有つてな、共和党万歳など書いたムシロ旗を立てて、あの辺の寺を押し廻つちや、藩閥政府ぶつ倒せの演説をして歩いたもんだ。その刀もそんときの名残りだよ。
彦一 昔からあの辺には、そんな気風があつたんだね。
彦六 昔からと云ふと、今でもあるのか?
彦一 うん、そりや自由党たあわけが違ふが、元気な仲間がゐるよ。
彦六 仲間と云ふのはなんだつ!
彦一 仲間だよ。貧乏だけど、みんな生きの良い連中だ。人は土方々々と馬鹿にするが、義理堅えし、善い事は善い、悪い事は悪いで、一旦仲間同士でかうと決つたら、グツともする事ぢやない。
彦六 ぢやなにか、ムシロ旗か?
彦一 さうだなあ、まあ、そんなもんかなあ。
彦六 さうか三多摩にや今でもそんなのがゐるのか。……しかしあの辺は、近頃、朝鮮の人間が多いさうぢやないか?
彦一 多いよ、だが大体が同じやうに働らいてゐりや、鮮人も内地人もあつたもんぢや無え、現に、大阪の玉造辺でゴロ/\してゐた俺をしよぴくやうにして此方へ連れて来て二年近く、附きに附いて俺の性根を叩き直してくれた男が鮮人だ。こいつは偉い男だよ。
彦六 へえ、そんな事があつたのか?
彦一 二人で東海道を歩いて上つて来る途中、ロクに飯が食えねえもんだから、俺がへたばる――
ミル まあ、東海道を歩いて?
彦一 すると其奴が俺をおぶつて呉れるんだ。まるで仏さま見てえな男だ。俺あ彼奴の背中で何度泣いたか知れない。そん時のおかげで俺あ地道に働ける人間になつたんだよ。
彦六 ふーん、……さうか……
彦一 どうだ、とつつあん、ここを引きはらつて、おれ達のとこへ一緒に来ちや。こいだけトコトン迄やり通しや、もういいぢやないか、第一無駄だ。
彦六 なに? 無駄だ? おれのしてゐる事が何で無駄だ?
彦一 だつて、外の連中は父つあんだけほつぽり出して行つちまつたぢやないか? かうし
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