ありやしないぢやないか! 裏通を行くと怖いから、大《おもて》通りを行くんだなんて、大廻りをさせてさ、世話が焼けるつちや、ありやしない。(言ひながら又洋服を脱ぎにかかる)
修 駅迄行つたの?
ミル うん。あら、お父さん、起きちやつた。
彦六 うむ、どうも寝飽きたよ。
ミル ……なにを笑つてんの? 私の顔になにかくつ附いてる? んぢや、何をそんな、やたらにニタニタしてんのさ、お父さん? ……あら、どこい行くの?
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父親は立上つてカーテンと押入れの間の通路へ歩いて行く。
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彦六 久しぶりに、急に一杯飲みたくなつた。肴を買つて来るんだよ。うまい所へチヤンソバが通る。たまにや少し外へ出ないと毒だ。ハハハ……。
ミル ぢや私が買つて来たげるよ、何もお父つあんが行かなくたつて。第一、なんで不意に酒なんか飲むの?
彦六 まあさう言ふな、身祝ひだ。
ミル 身祝ひ? へへーん、こうして内ぢや追立てを食つているのに? 先刻は私わざと黙つていたけど、表をウロウロしてんの、やつぱし白木の子分らしいわよ、いつなんどき飛び込んで来るかわかりやしないつて言ふのに。
彦六 さうか、まあいいよ……ハハハ。お前には解らなくともいいのだよ、ねえ修さん。
修 ……ありがたうございます。
ミル へーん? (二人を身較べている)なんだい?……(彦六はニコニコしながら裏梯子の方へ)私が行つたげると言つたら。
彦六 お前はお稽古をしろ。(消える)
ミル ……(ふくれてゐる。やがて修の顔を見て)なんなの、一体?
修 君のお父さんは良い人だなあ。
ミル 自分達だけで、変に心得てばかり居て……生意気だわよ!
修 ハハハ、君は怒つている時が一番綺麗だよ。
ミル なにを言ふか! 急に気が強くなつちまつたにや、オドロイタ。少しどうかしたんぢやない、此処が?
修 矢でも鉄砲でも持つて来い!
ミル 松沢村が近いから用心なさいね。フン、本当になんなのよ、さつきのありがたうございますつて言ふのは?
修 僕が君のお父さんに御礼を言つたのさ。
ミル 知らない! 勝手にするがいいや。さあ、稽古だ。えつと、お辻さん、どこ?
修 僕には事情はよく解んないけど、全体どうする気なんだらうね、君のお父さんは?
ミル 私いちんち家に居ないからよくは知らないけど、いろんなのが次から次と、引つきりなしに押しかけ
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