てゐるんだから、アツサリ私等と一緒に立退いて下すつてもいいぢやありませんか! それをかうしてギリギリのどたん場まできておいて今さら……(オロ/\声である)
彦六 さうさなあ……だが、あんたは何もこつちにこだはらずに立退きあいいぢあないかね。
鉄造 そ、そ、それだ。直ぐに、それだ。今更になつて、そ、そんな薄情な事を――あすの朝早くでも、御一緒に早々引払ふやうに、ひとつ、考へて見て下さいよ。お願ひですよ。大体、先方から頼まれてお百度を踏んでやつて来てゐる白木と云ふ男の正体を、旦那知らないから平気でゐらつしやるけど、白木軍八郎と云へば新聞も持つてゐれば多勢の子分も持つてゐるし、かうした事にかけちや鳴らした事件屋なんですよ。あの男の手にかかつたら、万事おしまひですぜ。ごらんなさい、あれだけ居坐らうと申合せをして居た此の建物中の小店十一軒と云ふもの、白木が乗り出して来たら、ひとたまりも無く立退いてしまつたぢやありませんか。
彦六 話はおとなしさうな人だがな。
鉄造 そいつが曲者なんでさ、腹の中はどうしてどうして、山の手一帯の土地家屋のブローカー仲間では「蝮蛇《まむし》」で通る男ですよ。
彦六 鉄さん、ひどくおどしに掛けますねえ、ハハハ、さては白木さんから頼まれたね。
鉄造 (怒つたやうな口調で)じよ、冗談云つちやいけませんよ。な、なんで、あんた、これだけこちらさんに忠義を尽してゐる私をつかまへて――
彦六 いやあ、これは冗談ですよ。ハハ、どつちせ、まあかうして自分でごろ/\して居るぶんには、まあ誰にとがめられる事も無からう。追ひ出されりやノタレ死をしなきやならんからねえ、人様の畑の物を盗み食ひをしてゐる雀とは違ふから、案山子にびつくりして逃げ出すことも無からう。
鉄造 なんですつて、案山子ですつて? ぢあ、旦那は私のやつてゐる事を――
彦六 たとへ話だ、気にしちやいけません。とにかく、だから、あんたの方は、私にはかまはず引払つて下さいと云つてゐるんだ。事実、かうした病気で動きたくも動けはしないし、なさけ無い話さ。
鉄造 そ、そ、そんな意固地な、ねえ正宗さん、私あ、あなたの為めを思つて――
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階下の酒場の女給のアサが急いで入つて来る。廿四、五の野生的な女。
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アサ (戸口に立ちはだかつたまま眼はお辻の顔を射抜くやうに睨み詰め〈据ゑ〉
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