るが、それがどうしたんだ! いつでも、君も僕も共通な問題を持つてゐるよ、君の考へてゐる事は僕も考へてゐるよと言はんばかりのツラをしてザコがトトに混つた気でゐるが、ヘドが出らあ! ザコどころか、き、き、君なんかな、人間でも芸術家でもあるもんか! たゞの猿だ、画描きの真似をしてゐる猿だ! なんだ、こんな画が! これで画を描いてゐるつもりなのか! (と下駄でスケツチ板をベリツと踏み破る)画と言ふものはな、借金の催促をする片手間に描けるやうなヤワな物ぢや無いんだぞ! 人間一匹、血みどろになつて、火の様に焔の様に、命を投げ出してかかつて描いても描いても、描ききれないもんだぞ! ツラでも洗つて出直せ!
尾崎 (相手の狂態にびつくりしてゐる)な、な、なんだよ。そんな……そんな僕の画を、そんな事しなくてもいゝぢやないか! 君あ神経衰弱だよ!
五郎 神経衰弱だらうと、気違ひだらうと大きなお世話だ。帰れ! 帰つてくれ! 金は月末に返す。心配しないで、帰れ……(自らの昂奮に疲れ、ハアハア言つてゐる)
尾崎 帰るよ。せつかく好意を持つてやつて来たのに、猿だなんて言はれてさ、あげく、せつかくの画を踏み破られりや世話あ無いや。わあ、真二ツになつちまつた。ひでえよ! (ブツブツ言ひ続ける。でも此の男の性根は、こんな目に会つても、ホントに怒つてゐるのかどうか見当がつかない。顔を悲しさうに歪めて破れたスケツチ板をついで見たりしてゐる)
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間。……少し風が出たと見えて波の音が稍々高くなる。
五郎は黙つて家の方へ向つて行きかける。
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五郎 ……(砂丘の向うを見て)あ……来やあがつた。
尾崎 なんだい。
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そこへ商人らしい半白の中年過ぎの男がボンヤリした様子で出て来る。これは五郎の借りてゐる家の家主の荒物屋の主人。少しぼけた様な感じがあつて、ノロノと[#「ノロノと」はママ]物を言ふのである。五郎を見てニヤニヤと笑ふ。
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五郎 やあ、裏天さんか。
裏天 なあんだ。いくらなんでもシトの目の前で、そんな事を言ふのは、ひでえよ、久我さん。
五郎 なんだよ?
裏天 近所近辺から、内のかゝあまで、さう言つてゐるのは知つてるけど、鼻の先で言はれたなあ、あんたが初めてぢや。ヘヘヘ、いくらわしらの鼻が低いたつて、まだこれでツラの地面よりや、いくらか高えと思うちよるんぢやからなあ。気い悪くするよ。ヘヘヘ。
尾崎 (クスクス笑ふ)ヘヘヘ、ツラの地面より高いは良かつた……(五郎に)近所の人なのかい?
五郎 (裏天に)……いつも済まんけど、もう少し待つてくれんかなあ。
裏天 今、家の方へ行つたが、又あのツンボのおつかあが出て来て、ベラベラやるんだけど、どうにも話が通じねえで困つたぞ。あんなに喋りまくられたんぢや、此方で何か口を出す暇なんか無え。
五郎 済まなかつた。……実は、今、金がまるつきり無いんで、……もう半歳以上たまつてゐるんで実に申訳無いと思つてゐるんだけど……それに荒物の借りも相当溜つてゐるしね。
裏天 なあに、金の無え時あ、誰の身も同じ事だ。クヨクヨしたつて仕方が無え。わしらの所でヒツパクさへしてゐなければ、どうせあんなボロ家だもん、家賃なんか半歳一年溜めて呉れたつて、こんな事言やあしねえよ。……どうも悪い時あ悪い事が重なるもんで、仕様が無えのう。かゝあがヤイヤイ言ふもんだから、かうして来るにや来たけど、まあ久我さん、クヨクヨしたつて始まらねえ、万事なるやうにしかならねえからな。……奥さん大事にしてあげなよ。そいぢや、又……(もう帰る気だ)
五郎 ま、待つてくれ、裏天さん、まあ、待つてくれよ、そいぢや、あんたの方だつて――(気の毒で気の毒で、此方がアワを喰つてゐる)
裏天 又、そねえな事を言ふ。目の前で裏天なんて言ふなて! ヘツヘヘヘ(尾崎に)やあ、……ごめんなして……(ノタノタ行きかける)
五郎 待つてくれ、それぢや、あんたの方も困りやしないかね? そんなムヤミと親切な事ばかり言つてくれたつて、そいで、あんたの方は――。
裏天 やあ、ま、いゝさ。どうにもならなかつたら、首でもくゝつておつ死んぢまうか。ハハハ、なんしろ、町に白木屋の支店のデパートが出来て以来と言ふもん、荒物の店なんかサツパリあかんやうになつてしまうてね、ハツハハ、そこへ持つて来て主な品物の値段が統制されてから此方、店を開けてゐればゐる程損になる月が有つてのう。国策ぢやと言ふから諦めとるが、さて、どんな勘定になるもんか、どうもこんな有様では今にえらい事になりさうなんで、も一月ばかり様子を見た上で、あかなんだら、店じまひをしてしまうて、田舎で百姓しようと思ふとる。さうなりや、あんたに貸してゐる家なども売つて行かなならんが、さ
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