やないか。お母さんからの二十円今月の分はもう貰つてある。
美緒 国の私の不動産を利男に書換へたら、私にも恵子にも三百円づゝ分けて呉れるんですつて。……その一部をあげとくんだつて。
五郎 え! そいぢや――(と急に何かに思ひ当つて椅子から立上る)……そいぢや、なにか、お母さん此の間、書換への事をお前に言つたのか?
美緒 ……(おびえてオロオロしながら)うん。……あん時……あなたが尾崎さんと浜へ出て行つた直ぐ後で……。
五郎 さうか。……そいで、お前、昂奮して、その後、あんな事になつたんだな。さうだな?……変だ変だと思つてゐたんだ。あんな風になる筈の無い症状なのに、どうしたんだらうと、今まで俺あ腑に落ちなかつたんだ。さうか……(今にも爆発しさうに腹が立つて来る。そのまゝでゐると美緒に喰つてかゝりさうな自分を怖れて、プイと廊下に飛び出して)……畜生! (廊下をドシドシ歩きながら)あんなに俺が頼んだのに……。
美緒 ……(小さくなつて、五郎を眼で追つてゐる)
五郎 無智だから無智だからとお前はよく言ふが、単に無智なだけで、こんな、見す見す、実の娘に対して、毒々しい事がやれるもんか。……あれは、此の俺がその不動産を自分の自由にでもするかと思つてゐるんだ。
美緒 ……(おびえて、手を合せんばかりにして)却つていゝぢやないの、こんな事でサツパリと縁が切れてくれゝば、もううるさくなくつて。……怒らないで。……私、こはいわ。
五郎 (それを見て、辛うじて自分を制する)……心配するな、乱暴はしない。……フフ、それでゐて、あの人がお前の病気をしんから心配してゐるのも本当なんだ。母親としての愛情に嘘は無い。だのに、あんな話をヅケヅケと、お前の病気にさはる事も考へてる余裕が無い。たとへ死んでも仕方がないと思つてる。……俺にや、どう言ふんだかサツパリわからないよ。……それが人間か?……さうだな、それが人間かもわからんな……(廊下に立停つて何か考へ込んでゐる)
美緒 (すがり付くやうに)そんな事どうでもいゝから、画を描いてね、此の金で。
五郎 ……(全く別の事を考へてゐる)いや、そんな事どうでもいゝや。……ハツハハハ、アツハハハ(不意に笑ひ出して)よし、それでいゝんだ、人間それでいゝんだよ。なにがなんでも生きりやそれでいゝんだ。生きる事が一切だ。そいつだけがすばらしい事だ。善いも悪いもあるもんか
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