ら、お前もするな、呼吸をするな!……覚えてゐるわ、私。……あんなに落着いてゐるやうでも、あなたやつぱりアガツてしまふんだわ。……フフフ……でも、大丈夫かなあ?
五郎 なにが?
美緒 ……だつて、私が咳をすると、あなたの顔や胸の辺まで……トバツチリで真赤になつたわよ。伝染らんかなあ?
五郎 伝染るもんか。伝染るもんなら、もうトウに伝染つてら。そんな心配は手遅れだ。
美緒 あなたが又私みたいになつたら……私、どうしよう?……、私、時々……あなたも私と同じやうに……病気にしてやりたい事があるの。
五郎 どうしてだ?
美緒 どうしてだか。……意地が悪いでしよ?……もしかすると私には……なんか悪魔みたいな、恐ろしい性質が有るかも知れないわよ。……よくつて? (眼だけ鋭く五郎を見詰めたまゝ、顔はニコニコしてゐる。それが何かゾツとするやうな印象である)
五郎 (少しドキリとして)……。(押し殺した声で)いいよ、お前が悪魔なら俺も悪魔だ、伝染したきや伝染せ。そして二人で一緒に死ぬか。フツフフフ。
美緒 ……私、とても滑稽になる事があるの。
五郎 なにが?
美緒 ……だつて私は死ぬまいと思つて、こんだけ気ばつてゐるでしよ? あなただつて、そのために苦しんでゐるわね。……だのに私がもう生きてゐまいと思へば実に簡単なの。かうして、グツと舌を噛めば、それでおしまひ。とめようと思つてもあなたにもどうする事も出来ない。さうぢやなくつて?
五郎 ……(相手を睨んでゐる)
美緒 ……ねえ。あのね――。
五郎 うん?
美緒 神様は在るの?
五郎 なんだよ? 神様?……(びつくりして相手を見詰めてゐる。美緒の頭の中にどんな思考が往来してゐるかを見透さうとしてゐる。不意にわざとニヤニヤして)ハツハ。お前、病気がつらいんで、神様が欲しくなつたのか? 俺が何と答へればお前の気に入るんだ? 欲しきや、いくらでも作り出したらいゝぢやないか。
美緒 (眼をカツと開いて、五郎の調子に乗つて行かうとしない)うゝん、はぐらかさうとしたつて駄目。……[#「……」は底本では「・…」]私、まじめよ……聞かして。……私、あなたの言ふ通りに信じるから。……[#「……」は底本では「…‥」]だから、あなたもまじめに言つてよ。うゝん証明して貰はなくともいゝの。理窟は要らない。本当の事を一言で言つて! ……神様は在る?
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