どすえなあ。
美緒 ……(ニツコリして手真似で、横になつて眠つて頂戴と言ふ)
小母 へい、へい。奥さんが良うなつて呉れはつたで、今頃になつて睡気が出て来ました。でも、五郎はんに較べたら、あてなどが睡いなど言ふたら罰が当りま。……でも、なんどすな、いゝ具合に比企先生が東京からお見えになつてゐやして、ホンマにようおしたなあ。これと言ふのも奥さんの運気が強い証拠どすえ。
美緒 ……(何度もコツクリをして見せる)
小母 此処のお医者さまだけでは心細うてなあ。あの方はホンマに黙あつてばかり居やはつて、たより無うて。……さあさ、少しお休みやす。
美緒 (ニコニコ笑つてゐる)
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小母さんは洗面器を持つて庭に降り、樹の下に水を撒く。……間。
そこへ医者を送り出して外へ行つてゐた五郎が玄関から黙つてあがつて来る。注射液のアンプルを一本手に持つてゐる。唯さへ憔悴した顔付きが、この数日間の不眠不休の看護のため怖い位にゲツソリと青ざめてゐる。美緒よりも顔色が悪いのである。しかしこんな事には馴れてゐるのと、気が張つてゐるので、前場の浜に於ける彼よりも自分で自分を支配してゐる平静さを保つてゐる。……スタスタと居間の方へ行き棚の上から注射器を取つて、明るい縁側に来てアルコールで消毒しはじめる。
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小母 五郎はん……お疲れどすやろ?
五郎 小母さんこそ疲れたでせう。少し昼寝をして下さい。
小母 そいで……どんな風?……(眼に物を言はせて、手真似で立去つた医者の事を示す)
五郎 ……(病室の方をチヨツト振返つて)なに、これをやつといてくれ、もう大した事は無いと言つてました。……
小母 ……(手真似と眼顔で色々と訊く。それに五郎も答へる。話の内容を病人の耳に入れたくないのである。会話の細かい事はハツキリわからないが、とにかく、既に差し当りの危険は通り過ぎたと五郎が言つてゐるらしい事が、小母さんのホツとした様子から察しられる)……。
美緒 ……(低い低い静かな声で)あなた……。
五郎 ……おい。(唖問答をやめて、病室を見る。小母さんはそれに気付いて、ソソクサと洗面器を持つて庭を廻つて台所の方へ去る)どうした?……今注射器の支度だ。……この患者の注射にかけてはあなたの方が私よりうまいらしいから、あなたに委せます。先生さう言ふんだよ。笑はしやがらあ。……さ、
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