ないし、僅かな物でも、早く片附くところへ片附けとかないと安心出来ませんからねえ。
五郎 ですから、御自由に書換へをして下すつてもいゝだらうと思ふんです。美緒には、少し良くなつたら、僕からさう言ひますから。
母親 このままズルズルして居て、もしかして美緒に万一の事でもあると、当人が居なくなるわけなんだから、又々面倒な事になります。この間弁護士に聞いたんですよ。いえさ、私だつて、どんな事があつても美緒を死なしたくはありません。自分の腹を痛めたかしら娘なんですからねえ。このまゝポツクリ行かしてたまるもんですか。(泣き出してゐる。彼女が娘を愛してゐることは真実なのである)でも人間、老少不定といふ事はありますからねえ。それに美緒が今の様な有様では、あんまり安心しても居れないんですから。(泣く)
五郎 ……(心にズキリと斬り込んで来るものがあるが、黙つてこらへてゐる)
恵子 母さん泣いたりして、エンギが悪いぢやないの、姉さんまだ死ぬものと決つたわけぢや無くてよ、馬鹿ねえ。(と人柄とはおよそ不似合ひな事を言ふ)
母親 だつてさ、近頃の美緒を見てごらんな。あんなに綺麗な顔になつてしまつて。死ぬ病人は綺麗になるもんだからねえ、私あ、あの子の顔を見るたんびに、ドキツとするんですよ。私あ、あれに今死なれたら、今死なれたら、どうして生きて行けるんだか。……ホンにならうものなら私が身代わりになつて死んでやりたいよ! ホントに! (泣く。これは全く正直にさう思つて悲しがつてゐるのであつて、嘘でも偽りでも無いのである)……たつた卅過ぎやそこらで、貧乏ばかりして何一つ楽しい目も見ない……良い着物の一つ着るんじや無し、気だての良い子は早く死ぬと言ふが、……こんな事なら、もつと良い目を見せて置くんだつたよ。
五郎 ……(相手の言葉がピシリピシリと自分を打ち叩くのである。その打撃に首を垂れて動かない)
恵子 母さん、……五郎さんにそんな事を言ふもんぢやなくつてよ。
母親 え? いえさ、私あ五郎さんに当てこすつてこんな事を言つてゐるのぢやありません。だつて可哀さうぢやありませんか。
五郎 ……済みません。……しかし、……しかし、美緒は死にやしません。……死にやしませんよ。
母親 だつて。あんたがそんな事言つたつて、あの分ぢや、どうなるかわかりません。そいで今の内に、書換へを済ましとかないと、ポクリと行かれ
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