面よりや、いくらか高えと思うちよるんぢやからなあ。気い悪くするよ。ヘヘヘ。
尾崎 (クスクス笑ふ)ヘヘヘ、ツラの地面より高いは良かつた……(五郎に)近所の人なのかい?
五郎 (裏天に)……いつも済まんけど、もう少し待つてくれんかなあ。
裏天 今、家の方へ行つたが、又あのツンボのおつかあが出て来て、ベラベラやるんだけど、どうにも話が通じねえで困つたぞ。あんなに喋りまくられたんぢや、此方で何か口を出す暇なんか無え。
五郎 済まなかつた。……実は、今、金がまるつきり無いんで、……もう半歳以上たまつてゐるんで実に申訳無いと思つてゐるんだけど……それに荒物の借りも相当溜つてゐるしね。
裏天 なあに、金の無え時あ、誰の身も同じ事だ。クヨクヨしたつて仕方が無え。わしらの所でヒツパクさへしてゐなければ、どうせあんなボロ家だもん、家賃なんか半歳一年溜めて呉れたつて、こんな事言やあしねえよ。……どうも悪い時あ悪い事が重なるもんで、仕様が無えのう。かゝあがヤイヤイ言ふもんだから、かうして来るにや来たけど、まあ久我さん、クヨクヨしたつて始まらねえ、万事なるやうにしかならねえからな。……奥さん大事にしてあげなよ。そいぢや、又……(もう帰る気だ)
五郎 ま、待つてくれ、裏天さん、まあ、待つてくれよ、そいぢや、あんたの方だつて――(気の毒で気の毒で、此方がアワを喰つてゐる)
裏天 又、そねえな事を言ふ。目の前で裏天なんて言ふなて! ヘツヘヘヘ(尾崎に)やあ、……ごめんなして……(ノタノタ行きかける)
五郎 待つてくれ、それぢや、あんたの方も困りやしないかね? そんなムヤミと親切な事ばかり言つてくれたつて、そいで、あんたの方は――。
裏天 やあ、ま、いゝさ。どうにもならなかつたら、首でもくゝつておつ死んぢまうか。ハハハ、なんしろ、町に白木屋の支店のデパートが出来て以来と言ふもん、荒物の店なんかサツパリあかんやうになつてしまうてね、ハツハハ、そこへ持つて来て主な品物の値段が統制されてから此方、店を開けてゐればゐる程損になる月が有つてのう。国策ぢやと言ふから諦めとるが、さて、どんな勘定になるもんか、どうもこんな有様では今にえらい事になりさうなんで、も一月ばかり様子を見た上で、あかなんだら、店じまひをしてしまうて、田舎で百姓しようと思ふとる。さうなりや、あんたに貸してゐる家なども売つて行かなならんが、さ
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