かい?
美緒 利ちやんは何も言ひません。……でも母さん此の前にもチヨツトそんな事言つてたし、……此の間から五郎に何度も手紙をよこしたのは、その事なんでせう?
母親 私の手紙をお前も読んだのかえ?
美緒 読みはしないけど。……五郎は手紙が来た事だつて言はないんです。……たゞ私がそんな気がしただけ。
恵子 (若いだけ母よりも敏感で、姉が底の方でかなり昂奮してゐる事を見て取つて)いゝぢやないの、母さん、来るさうさう、姉さんまだ御飯を食べてゐるのに、そんな話は後にしたつて。
母親 えゝ、そりや何も急ぎはしないけどね、キマリを付ける所だけは早くキマリを付けとかないと、利男だつてもう直ぐお嫁を貰はなくちやならない身体だから……。
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 言つてゐる所へ、五郎がお代りの椀と、それに更に新しいお茶の皿を持つて台所から出て来て庭に下り、美緒の傍に来る。
[#ここで字下げ終わり]
美緒 そりやさうだわ。だから私――。
五郎 なんだ?……なんの話?
母親 いえね、こないだ中から言つてよこしましたね、名古屋の方の例の――。
五郎 (ハツとして、相手をさへ切つて)いや、それは、後で僕が詳しく伺ひますから、なんですよ、とにかく、美緒が飯を食つちまつて、それから、(美緒に)今度は豚とタマネギだ、うまいぜ。これが先刻のべつぴんの一件さ。アハハ。どうしたい?
美緒 ……(毒々しいやうな眼付きで、母親の方を睨んでゐる)
恵子 ……私達、海岸を歩いて来ようかな。(此の場の空気を取りつくらはうとして立上る)
母親 (鈍感のために他の三人の気持がわからず、却つて皆の調子が変になつたのにキヨトンとして見廻して)どうしたんですよ? 私はたゞ――。
美緒 (眼は母をまだ見詰めながら言葉は妹に)えゝ、さうなさいよ。海岸の方なら、病気が伝染る事は絶対になくつてよ。(神経的に二つ三つクツクツと笑ふ)
恵子 直ぐそんな風に取るのね、姉さん。ひどいわ!
五郎 美緒! (と妻のブルブル動いてゐる左手をグツと圧[#「圧」に「ママ」の注記]へつけて)さ、食へ、うまいぞ。(箸に食物をはさんでやる)
美緒 ……(まだクスクス笑ひながら)ビツコのタマネギね? フ、フ、私もビツコになつたら、どうしよう? (食べる)
母親 ビツコのタマネギとは何の事ですかね?
美緒 (終《つい》にこらへ切れず、低いが鋭い声で)母さん、母
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