つてしまふとかで、捜してもなかなか無いのよ。亀屋に二つ三つあつた中から、ヤツと分けて貰つたんですの。無くなつたら又送つてあげるから、姉さんウンと食べるといゝわ。
美緒 ありがたう。……でもそんなに送つてくれなくともいゝのよ。ちつとも不自由はしてゐないから。
五郎 津村さん御元気ですか?
恵子 えゝ、なんですか会社の方が、又役が一つふえたもんだから、とても忙しがつて。一度あがらなくちやと言ひ暮してゐるんだけど、つい失礼しちやつてて。よろしくと言つてゐました。
美緒 又着物こさへたのね。……変つてて綺麗だこと。
恵子 さう? 姉さんに及第すりや大したもんね。お友達と一緒に下絵を選んでわざわざ染めさせたの。物が何だか判らない所がミソなの。チヨツト大した物みたいでしよ。実は安物よ。津村はケチで駄目。
小母 (盆に茶椀を載せて持つて来て恵子に)ようおこしやす。どうぞ――。
恵子 小母さん、いつも大変ですわね。
小母 へえ、今日も良いお天気で。天気がえゝと奥さん此処で御飯あがれますので、気分良うて、助かります。お茶を一つ。
恵子 どうぞお構ひなく。私、ちつともノドは渇いてゐませんから。
小母 (聞えず、盆を突き付けながら、恵子の姿を眺めまはして)へえ! いつもキレイにしてゐやはりますなあ。
恵子 (盆を避けながら)ありがたう。いゝえ、いゝんですの。たくさん。
美緒 ……(ニコニコしながら)恵ちやん、その茶椀は煮立てゝ消毒してあるから大丈夫よ。おあがんなさい。
五郎 (少しギヨツとして)美緒、お前……何を言ふんだ。
恵子 (バツが悪くて)いえ、そんな積もりぢや無いのよ。タバコ吸つてゐるから。……ぢやいたゞくわ。(と茶椀を取つて暫く持つてゐるが、結局飲まないで話の間に縁に置いてしまふ)……久我さん、画は描いてゐらつしやるの? ソロソロ、展覧会のシーズンですわね?
五郎 え? あゝ、いや、あまり描きませんね。
恵子 さうね、これぢや描けないでせうね。惜しいわ、あなた程の人を。
母親 (室から出て来て、庭におりる。五郎立つて黙つてお辞儀をする)……オヤ、オヤ、まあ、利男は姉さん具合が悪いやうだなんて言つてゐたけど、何を言ふんだらうねえ、まあ。血色も良いし、なんだか此の前よりも太つたやうぢやないか。さうでせう、五郎さん? (恵子と同様に、美緒の傍へは寄りつかうとしない)
五郎 えゝ、いや
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